監修者まえがき                       1

序文 マイケル・ルイス                     3

はじめに――運命を握れ                       15
 株式の力                       17
 バイアウトと本書の構造                       19
 あなたにも会社が買える                       26

謝辞                       29

第1章 アメリカの経営者の夢                       31
 ニューヨーク証券取引所で小槌をたたく                       33
 アメリカの経営者の夢                       35
 チャンス到来                       37
   2億ドルの電話                       40
 白馬の騎士になる                       43
 一発勝負                       45
 ダルムシュタットの判決                       47
 浮気疑惑事件                       48
 独立の日                       48
 進むべき道とカニのつめ                       50
 振り返って                       52
 夢を実現する                       54

第2章 勇気なくして栄光なし                       57
 夢                       58
 帆を揚げる                       60
 知は力なり                       62
 勝者の資質                       65
   信用                       65
   協調性                       67
   付き合いやすさ                       68
   コアスキル                       69
   コミットメント                       71
   冷静さ                       72
   運                       72
 夢のかなたに                       73

第3章 ディール地獄を避ける                       75
 セラミック・シティー                       76
 ピンキーリング                       78
 ディール地獄の教訓                       84
 ディールに対する愛情で判断力を失うな                       88
 危険を承知のうえで跳び込む                       92

第4章 機会を見つけるか創造する                       93
 内部から革命を主導する                       95
   なぜ企業は経営陣に売りたがるのか?                       95
   経営陣の強み                       98
   条件を提示する                       100
   売り手を理解する                       100
   一方を未来に、一方は過去に                       103
 外部から企業を築く                       104
   起業のスキル                       106
   金融取引                       107
   ドリームチームを作る                       108
   ビルドアップ(立ち上げ)                       109
   成功のための戦略                       111
 ダン・ギリス――MBO調査基準                       116
   候補企業を見つける                       120
 自分の人生だ、主導権を握ろう                       131

第5章 事業戦略を立案する                       133
 戦略を立てる                       134
   事業計画                       134
 テックウエイのエグゼクティブ・サマリーの見本                       137
 グローバル・バケーション・グループのエグゼクティブ・サマリーの見本                       138
   言っては「いけない」こと                       140
   成功する計画書に必要な、さらなる要素                       142
 粘り強くあれ                       147

第6章 売り手との取引                       149
 入札合戦を回避する                       150
 適正価格を決める                       151
   バリュエーションの科学                       152
   バリュエーションのアート                       159
   貸借対照表も重要だ                       163
   EBITDAがなかったらどうするか?                       166
 交渉戦略                       167
   売り手が同族企業の場合                       171
 ディールの文書                       172
   タームシート                       174
 売り手用タームシート                       175
  レター・オブ・インテント                       180
 テックウエイのレター・オブ・インテント                       181
 売り手との契約の重要事項                       195
   対価                       195
   買収構造                       200
   秘密保持契約書                       210
   表明・保証                       203
 まず困難な問題に取り組もう                       205

第7章 現ナマを見せてくれ                       209
 苦労して得た教訓                       210
 バイアウト会社が本当に望んでいるものは何か?                       214
   プライベート・エクイティ(バイアウト)・ファーム小史                       214
   自分の才能のミニ・オークションを作り出す                       218
 経営者用タームシートの作成                       219
   簡易タームシート                       220
 テックウエイの経営者用インセンティブ・パッケージ討議用タームシート概要                       221
   タームシートを肉付けする                       223
 テックウエイ経営者用タームシート覚書                       224
 経営陣の取引のキーポイント                       241
   どれくらい要求すべきか?                       242
   税金対策――オプションからの離別                       244
   ガバナンス                       246
   資金パートナーをいつ引き入れるべきか                       248
   自分に交渉力がある時期を動かす                       249
 銀行との取引                       250
   銀行家の世界観                       252
   リスク・リターン――剣をとる者は剣で滅びる                       253
   銀行の制限条項                       256
   資産に基づく貸出対キャッシュフローに基づく貸出                       258
 人間関係の良し悪しを乗り切っていこう                       259
 レバレッジは慎重に取ろう                       260

第8章 あなたにはどんな利益があるか?                       265
 やるのかやらないのかを決める                       267
 20年間に及ぶ延期                       268
 ディールを分析する                       271
   財務モデル                       272
   自分のモデルを作る                       273
   テックウエイ・ディールの予備知識                       275
 戦利品を分ける                       291
   トップ経営陣における持ち分の配分                       294

第9章 地上戦に備える                       297
 どんなに慎重にしても、しすぎることはない                       299
 司法調査                       301
 問題はつきものだ、忍耐強くなろう                       302
   悪いニュースに対処する                       308
 会社の体裁を整える                       309
 秘密裏に進める                       310
 ディールのスケジュール表                       313
 スケジュール表の実例                       314
 法律文書を再検討する                       317
 勝利の電報を打つ                       318
 チームの選択                       319
 本章の結びとして                       320

第10章 虎に乗る                       323
 夢を実現する                       324
   独立をてこ入れする                       324
 エグジットする                       328
   エグジットで最も重要な要素                       329
   エグジットのタイミング                       330
   4つのエグジット戦略                       332
   IPOフィーバーを避ける                       334
   IPOのメリット                       338
   買収する前にエグジットを考慮しよう                       341
 結び                       342
   この10年は「経営者の10年」だ                       342


付録                       345
付録A 幹部の人物照会チェックシート                       345
付録B 責任分担表                       347
付録C デューデリジェンス・チェックリスト                       351

 監修者まえがき

 本書は業界の専門家によって、バイアウトを実行する企業の幹部向けに書かれたユニークな著作である。バイアウトの歴史が短い日本では、そもそもバイアウト関連の著作が少ないうえに、そのほとんどが金融業界の実務者向けの解説書か、有名な取引を面白く記したビジネス・パーソン向けの「読み物」だ。しかし本書は金融の専門家ではない企業幹部にバイアウトを実行させることを目的としており、ディールの創造からクローズまでの過程を、ユーモラスな表現で分かりやすく解説している。著者のリック・リッカートセンは自らの成功体験と失敗談をおしげもなく披露し、バイアウト会社との付き合い方もアドバイスしてくれる。バイアウトを新聞紙上の話でしかないと信じている多くの企業幹部には、本書を通じて、自分にも大いにかかわりのある身近な取引であることを理解していただけると思う。
 もちろん本書でも繰り返し書かれているように、バイアウトを実現させるにはいくつもの困難なハードルと膨大な作業を乗り越えなければならない。企業の経営幹部や事業部門のトップはだれしもが挑戦する権利を持つ一方で、バイアウトに取り組むにはさまざまな条件をクリアしている必要がある。なかでも重要なのは、バイアウトの対象が、成長の可能性がありながら、何らかの制約要因によってそれを実現できない企業・事業部門であることである。
 しかし、考えてみたい。今の日本にそうした企業がいかに多いことか! バブル崩壊以降の右下がり経済のなか、日本企業の問題点やその解決方法は相当程度、議論されてきた。自社の問題や解決方法がまるで思い浮かばない企業幹部などいないはずだ。では、なぜ改革が進まないのか? その理由は実行力の欠如、より正確には実行を後押しする環境の不在にある。継続企業の内部で大きな変化を起こそうとしても、成功のリターンは失敗のリスクを圧倒するものではないし、日本においては「もの言う株主」も少ない。残念ながらこうした環境では、変革の動機が小さくなるのもやむを得ない。
 そこでバイアウトの登場である。独立性を与え、収益への明確な経路を示すことで、当該部門や企業を日の当たる場所へ引っ張り出す。企業幹部は一従業員としてではなく、オーナーとして、より一層真剣に企業の問題に取り組むようになる。しかも、ブランドや販売ネットワーク、技術力などの既存優良資産をフルに活用することができ、すべてをゼロから立ち上げるベンチャーに比べれば、とても恵まれた境遇だ。企業取引において実績を重んじる日本では、これまで積み上げてきた資産を継続活用できるメリットは非常に大きい。バイアウトには、日本の変革をリードする役割が大いに期待される。
 ただ残念ながら、現在日本で活動しているバイアウト会社/ファンドはハゲタカファンドと揶揄されることも多い。難解な金融や法律の専門知識を駆使して、自分の及び知らないところで動いているイメージが先行し、バイアウトの社会・経済的な役割の理解が十分なされていないままに、彼らに対する論評が行われている側面が多分にあると思われる。本書がそうした理解のギャップを埋めるのに少しでも役立つのならば、監修者の目的は達成される。

 2002年8月 サイエント ジャパン株式会社
                         高松越百
                         気賀 崇


 序文

 この役立つ情報が盛りだくさんの、素晴らしい本を紹介できるのはこのうえない喜びだ。本書は複雑な金融技術の一部だけを垣間見せるのではなく、その全容を分かりやすく説明している。
 『バイアウト』は実際1冊に2冊分の内容が含まれている。1冊目は、本当の大金持ちになりたいと決心したそこそこお金のある人々のためのマニュアルだ。著者のリック・リッカートセンが、そうは言わないのはたしかだろう。ビジネスで成功している多くの人々と同様、ビジネスマンが金持ちになるには、四六時中金持ちになることを考えて過ごしたりしないほうがよいと信じているからだ。もし尋ねられれば、きっと次のように言うだろう。賃金奴隷のなかで上層部に納まっていることにうんざりし、自分の会社と運命の支配権を握る勇気を奮い起こした企業幹部のために手引書を書いたのだと。お金は、進んでリスクを冒すという称賛すべき性質の単なるしるし、愉快な副産物にすぎない。そしてたぶん彼は正しい。
 それでも、インターネット・ブームを経験した者ならだれでも知っているように、金持ちになる最も良い方法は、成功している企業の株式を所有することで、本書はその手引きとなる。幸運にも、著者が指摘しているように、歴史の示すところは本書の読者すべてに有利な方向に進んでいる。多くの業界で企業はインターネット・ブームの例に倣って株式を社員に与える方法を考え出しているし、そうしなければ社員をインターネット企業に奪われる危険がある。リッカートセンが言うように、「有能な経営者の獲得競争に負けたくないなら、企業はどこもインターネット企業のようにならなければならないだろう」。そしてもちろん、経営者が株式の多くを手に入れる最善の方法は、現在経営に参画していない株主から買うことなのだ。
 問題は、どうやって会社を買うかということだ。単純な金融取引はすでにほとんど神秘的とも複雑とも考えられなくなっているが、高度な金融取引はまだ分かりにくい。83(b)の選択とは何なのか、どうか教えてほしい【訳注 制限付き株式を付与されてから30日以内にその時点の株式の公正市場価値を総所得に含める(そして当該課税年度にその分の税金を払う)という選択をすると、付与時から制限解除時までに生じた価値の上昇分について、通常所得税の代わりに税率の低いキャピタルゲイン税を適用できるという税制上の優遇制度】。秘密保持契約書はどう書くのか? ともあれ、なぜ商業銀行に勤めたりする人がいるのか? インサイダーだけがこの手のことがどうなっているのかを知っている。『バイアウト』の登場だ。著者自身、指折りのバイアウト専門家で、インサイダーだ。そして分かりやすい簡単な言葉で、複雑で高度な金融取引を快刀乱麻に解説していく。内部でどのように事が進められていくのか、ジャーナリストにも理解できるように説明しているのだ。
 そうすることで、リッカートセンは自分自身の利益を損なっているようにも見える。結局のところ、資本家が起業家との取引で長い間享受してきた利点のひとつは、資本家のすることや考え方を、起業家が十分理解していないということだ。この本によって、その不利な点が是正されるだろう。資本を求めている人々に、資本を支配している人々と取引する最善の方法を教えているからだ。ここで明らかな疑問が浮かぶ。なぜバイアウトの専門家が本を書いて、平凡で間抜けな会社員がバイアウトの専門家と最も有利な取引ができるように手助けするのか。一見したところでは、本書は自殺行為に見える。米国政府がアメリカの一流の物理学者のチームを中国に送って、長距離核ミサイルの微調整を手伝わせるようなものだ。これには幾つかの理由があると思う。
 著者のことをよく知っているので、リスクを冒す人々に対する真の思いやりの気持ちが執筆の動機の少なくとも一部にあることも分かっている。リッカートセンは、他人が、特にその過程でリスクを冒して成功したときに、心から喜ぶことのできる数少ない人間の1人だ。言い換えれば、彼は人々がリスクを冒すを見るのが好きなのだ。そうすれば彼らがその報酬を受けるときに、彼らのために喜べるからだ。
 しかし、たとえリック・リッカートセンのように親切な人間の場合でも、利他主義は成功しているビジネスマンの行動の説明としてはけっして十分ではない。もっと心の狭い動機もあると思う。ビジネスの世界は変化している。資金を貸す側の犠牲の下で、実際に事業を行う人々にますます有利になっているのだ。「いずれはだれかが、交渉のテーブルの向こう側の相手に何もかも教えてしまうだろう。だからほかの強欲な資本家と同じだと思われないように、その役を自分が引き受けてもよい」と考えたのかもしれない。
 さらに第3の動機も作用していて、ひょっとするとそれが最も強い動機なのかもしれない。つまり自分の経験の意味を理解したいという単純な欲求だ。ピンキーリング(小指用の指輪)をして壁にはマカジキのはく製をつるしている男が経営する会社に他人のお金をつぎ込んで何百万ドルも損した人ならだれでも、話を聞いてくれる人が必要だ。リッカートセンは驚くほど衝撃的な体験をしていて、その経験を共有してくれる聴衆を必要としているのだ。
 すでに述べたように、『バイアウト』は本当にこの1冊に2冊分の本の内容が入っている。2冊目は、資本家の目から見た社会の生き生きとした描写だ。この世界観は資本家を利用しようとしている人よりも、資本家自身にとってより役に立つかもしれない。だがどちらにしても、また上手に語られた良いお話が好きならだれでも、楽しめるだろう。

                     マイケル・ルイス


 はじめに――運をつかめ

 その企業は売られようとしていた。防衛産業大手の情報技術サービス部門、テックウエイ(テックウエイは実在する技術サービス会社だが、取引関係者の秘密を守るために名前を変えてある)の経営陣は、親会社から当該部門を切り捨てるつもりだと通告された。もはや親会社の中核業務に適合しないからだ。経営陣が懸命に働いて築き上げたこの部門は、今では競売台に載せられている。それまでの2年間で、売り上げが減少を続け損失が拡大していた状況を変え、この部門を黒字にして親会社のためにかなりの株主価値を創造していた。だが今、あれだけの努力の果実は売りに出されようとしており、大手の競争相手に吸収されることになりそうなのだ。
 ショックから立ち直ったとき、経営陣には考えがあった。自分たちがこの会社を買おう。自分の会社を所有するとかほかの会社を買って経営するというのは多くの経営者が望んでいることだが、実際に行動に移すのはごくわずかだ。テックウエイの経営陣は、運をつかめるか試してみることに決めた。すでにこの会社の改善を果たしていたが、もしも機会を与えられ、親会社の制約から自由になれるのなら、もっと多くの価値を創造できることを知っていた。テックウエイが独立すれば、強力な企業にできる。それに自分たちで経営できる! ついに自由が得られるのだ!
 だが本当にこの会社を勝ち取ることができるだろうか。テックウエイの年間売上高は3億ドルを超え、従業員数は1200人だった。経営陣は、そのような取引に必要なだけの資金があるか危ぶんだ。全員が十分な俸給を得てはいたものの、だれ一人として働かなくても暮らしていけるほどの金持ちではけっしてなかった。どうしたら3億ドルの企業を買えるだろう? 会社の値段はどのように決めればよいのか。銀行から資金を借りられるだろうか、それともバイアウト会社が必要だろうか? 自分たちのディールをどのように構築すればよいのか。売り手とはどのような契約を結ぶべきか。親会社は賛成するだろうか。自分たちは成功するだろうか。それとも職を失う羽目になるのだろうか。助けてくれる人はいないのか。まずだれに電話すべきか。
 本書で、これらの疑問に対する答えが得られるだろう。バイアウトの各過程で、テックウエイの経営陣がどのように問題と取り組んだのかを見ていくことにする。つまり投資してくれるパートナーを探し、経営者用のタームシートをバイアウト会社と一緒に作り上げ、戦略計画を作成し、売り手と交渉し、銀行融資を取り付け、デューデリジェンス(事前詳細調査)を通して法務や会計上の細々した問題の「地上戦」を指揮し、企業を経営して、有利なエグジット(退出、投資資金の回収)を行った全過程だ。
 本書にはバイアウトを成功させた経営者の話も含まれている。ダン・ギリスがどうやって、売上高1億6500万ドルのドイツ系ソフト会社の1部門の社長から、アメリカのソフトウエア会社の成功したオーナーになったのかを知るだろう。ギリスと彼の経営チームは、数カ月のうちにディールをまとめた。わずか7カ月後に公開し、ギリスがニューヨーク証券取引所のクロージングベルの小づちをたたいたときには、顔には笑みが浮かんでいた。無理もない。経営陣の100万ドルの投資が急成長中のソフトウエア会社の4000万ドルの価値の株式に変わったのだから。
 ベルアトランティック(現ベライゾン・コミュニケーションズ)、コンテル、バロース(現ユニシス)ほか多くの大企業の幹部を歴任したステュー・ジョンソンが、どのようにして宮仕えを辞め、彼の遺産ともなるべき企業を築いたかを知るだろう。それまでの会社勤めで一緒に働いたなかから最も有能な管理職を集めて、ミドル・マーケットをターゲットとする新しい情報技術サービス会社を作ったのだ。ジョンソンは言う。「もしも本当に仕事で成功していて、履歴書に書いたことを本当に信じていて、自分がやったと人に話していることすべてを自分が成し遂げたと信じているのなら、やるべきだ。市場にはあなたみたいな人が不足しているのだから」
 アラモ・レンタカーとアメリカン・エキスプレス・トラベル・サービス・グループで経営幹部だったロジャー・バルーが、旅行サービス会社をいくつも統合して、観光産業の様相を変えることになる新しい会社をどのように創立したのかを見いだすだろう。バルーはこの企業を指揮するだけでなく所有したのだ。「ついに車に追いついた犬のような気分だった」と彼は言う。


 株式の力

 ビル・ゲイツはなぜあんなに金持ちなのか? もちろん彼は非常に有能な経営者だ。だからマイクロソフトはあんなに成功しているのだ。だがゲイツが世界で一番の大金持ちになったのは、マイクロソフトの「株式」を持っていたからだ。ヘンリー・クラビスはこのことを理解している。だからコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)はあれほど高い収益を上げているのだ。同社は巨額の資本を投資して、成長企業の株式を買うことをビジネスにしている。だがKKRの傑出した収益率の本当の原動力は何か? カギは買収した企業を経営する優れた経営者を選び出すことにある。
 あなたが現在23歳でハーバード大学の落ちこぼれだったら、小さなソフトウエア会社を立ち上げるにはもう遅すぎるかもしれないが、まだ望みはある。今あなたが勤めている会社を買って大口株主になることもできるし、市場で新しい会社を見つけて買うこともできる。投資用の資本が有り余っている状況では、有能な経営者は最も希少な商品だ。何十億ドルもの資本と何百ものプライベート・エクイティ・ファームがあって、それぞれが買収した企業を率いることのできる20人から30人の経営者を求めている。つまりバイアウトを進めるうえで、経験豊かな経営者はビジネス史上かつてなかったほど重要になっているのだ。今は経営者の時代だし、あなたはこの機会をつかみ取るべきだ!
 15年以上MBO(マネジメント・バイアウト)の投資家として活動してきたが、自分自身の会社や事業部門を買って自分自身のために株式価値を創造する非常に大きな機会について経営幹部がわずかしか理解していないことに、私はいつも驚かされてきた。CEO(最高経営責任者)のような経営トップなら年収30万ドルはもらっているかもしれない。だがバイアウトを実現すれば、親会社を離れて自分自身の会社を経営することで、株式で3000万ドルの価値を創造できるかもしれないのだ。
 会社と人々を指揮するスキルにもかかわらず、ほとんどの経営幹部は会社の買い方を理解していない。なぜか? 理由はたくさんあるが、特に以下のものを挙げることができる。

 ●複雑さとリスク
 企業の買収は複雑で難しい仕事だ。財務、交渉力、リーダーシップ、企業価値を評価する技術と優れた人間関係を築ける能力といったような、幅広い分野にわたるかなりの専門的な技量が要求される。企業の買収はだれにでもできることではない。だが勇気ある者には、バイアウトはビジネスパーソンにとって最大の勝利になることもある。金銭面で大きな報酬を得られるだけでなく、ごく少数の人間しか獲得することのできない、だれの支配も受けずに成功するという素晴らしい気持ちを味わうことができる。

 ●専門知識の不足
 買収作業の経験がある経営者は多くない。外部からは非常に大変そうに見える。それに難しくもある。だがひとたび仕組みと重要な点を理解すれば、ブラックボックスの中身が明らかになって、M&A(合併・買収)の世界もそれほど恐ろしくは見えなくなるだろう。

 ●業界案内の欠如
 バイアウトの世界には情報源は少ししか存在しない。そして投資銀行家やバイアウトの専門家の多くは、この世界を経営者に開放するよりも技術を自分たちだけのものにしておくほうを好むだろう。生まれつき歌える人と歌えない人がいる、才能のある人とない人がいる、と信じている人々と少しだが似ている。だが私は、私たちは皆歌うことを覚えられるし、経営者はみんな自分のバイアウトを取り仕切る方法を学べると心から信じている。あらゆる経営者にバイアウトを指揮するための内情に通じた知識を与えれば、結局はより多くのバイアウトが実施され成功することになると信じている。その結果は、バイアウト業界の成長がさらに加速するだけだろう。つまるところ、経営者はなお資金と指導が必要だし、そのためにバイアウトの専門家がいるのだ。

 本書の目標は「バイアウトの芸術家」だけがディールを指揮できるという神話の仮面をはぐことで、経営者に待機して他人の指揮の下で動く代わりに、ディールを主導するために必要な手段を与えるべく努力している。優秀な経営者は運転席に座るべきだが、多くの場合客席に押し込まれている。もうハンドルを握るときだ。


 バイアウトと本書の構造

 マネジメント・バイアウトとは何か? マネジメント・バイアウト(MBO)とは事業会社や企業の1部門を買収し、その事業の現在または将来の最高経営者が大口の出資者として買収に参加するものだ。以前はLBO(レバレッジド・バイアウト)と呼ばれていたが、この言葉は「乗っ取り屋の舞踏会(Predator's Ball)」の最後のダンスとともに人気がなくなった【訳注 乗っ取り屋の舞踏会は、ジャンクボンド市場を創造、発展させ、1990年に倒産したドレクセル・バーナム・ランベールが開催していた年次高利回り債コンファレンスの呼称】。この言葉は、業界や上品な会社ではもはや使われないが、レバレッジの概念は健在で、別の名前で生き残っている。
 バイアウトのプロセスの各段階はどのようなものか。一般的なバイアウトのプロセスと本書の構成は、図表に示した次の各段階によって表される。

 ●機会を見つけるか作り出す
 まず、自分の経歴と経営者としてのスキルを最も良く生かすことのできる企業を見つけるか作る必要がある。多くの場合、あなたが今いる会社がそれだ。第1章で見るように、ダン・ギリスは、もしソフトウエア・エージー・アメリカ(SAGA)を独立させることができるなら、そこで自分が何ができるかを知っていた。よその会社が対象になることもある。第2章では、ロジャー・バルーが旅行業界における経験を生かして、どのように一連の買収から新しい会社を作り上げたのかを調べる。現在働いている会社の外に買収対象を見つけだすときの戦略を、第4章で検討する。

 ●事業計画を立てる
 パートナーになりそうなバイアウト会社やほかの投資家に企業の成長と利益を増加させる機会について説明するには、信用できる企業戦略を作成しなければならない。付加価値の多くの部分は、事業を独立した企業としてより効果的に運営するあなたの能力によってもたらされる。どうやって事業を改善するのか? 成長の見込みはどうか? 成功する事業計画の基本的な要素について、第5章で議論する。

 ●売る気のある相手を見つけ、合意する
 これは自明のことに聞こえるかもしれないが、実際は、売る気のない相手との取引のために一生懸命働いて、何千時間、何千万ドルもが浪費されてきた。会社を売りに出している企業や個人は、多くの場合不可能な状況でのみ売る気があるのだ。この場合、彼らは売り手のように「見える」だけだ。時間の無駄だ。時には、売る気のなかった相手がある状況の下で売却する気になることがある。あなたの会社や部門は売る気があるだろうか? そうでないなら、どんな状況の下でなら、彼らは売却を考えるだろうか? もしその見込みがないなら、あなたの業界に、外部の人間として買収できる企業がないか考えてみてはどうだろう。売る気のある相手を見つけたら、ディールを結ぶ必要がある。価格と条件を交渉してタームシートと買収契約書を作成しなければならない。レター・オブ・インテント(基本合意書)の作成を含む売り手との取引については、第6章で考察する。

 ●バイアウト会社を見つけて合意に達する
 ディールの相手が決まりチームの用意ができたら、通常次の段階は、経営陣とバイアウト会社がプロジェクトを進めるためにパートナーシップを組む契約書を作り上げることだ。この契約書は各参加者の相対的な投資額、株式の配分方法、経営者への株式受領権の付与の仕方を概括的に略述したものだ。この作業の成果によって、経営者がディールから得られるものが決まる。経営者の立場からは、これについて間違いを犯してはならない。これはバイアウトのトロフィーだ。ここで交渉した契約が、将来得られるものすべての基礎になる。正しく理解しなければならない。これは経営者の立場からの契約なのに、経営者がバイアウト会社の言いなりになっていることがあまりにも多い。手順と資金提供者の動機を理解していないからだ。本書を読めば、経営者はこの取引において影響力を確実に最大限発揮できるようになる。それが本書の主題となっている。バイアウト会社との契約書については、第7章で検討する。

 ●銀行からの資金調達を確保する
 この段階で資金の確保について予備的な作業は済んでいるだろう。だが、クロージングの準備が整ったときに確実に資金を調達できるようにしておく必要がある。バイアウト会社からの出資のほかに、銀行借り入れを確保しなければならない。速いペースでまとまるディールの場合、タイミングが非常に重要になることがある。銀行借り入れについても第7章で考察する。

 ●このディールがあなたにとって持つ意味を理解する
 ディールのプロセス全体を通じて最も重要な問題のひとつは、「私にはどんな利益があるのか?」というものだ。経営者は、バイアウト会社と売り手との取引や会社の業績予想を、自分自身の損益に読み直す必要がある。利益を得る可能性は、リスクを正当化するのに十分なだけあるだろうか。この評価は夢の出発点、カクテルのナプキンに走り書きした簡単な計算から大まかな形で始まっている。パズルの各ピースが仮定の数字から実際の数字へと変わるにつれ、この評価は更新される。売り手に何を提示するか、バイアウト会社とはどのような契約を交渉すべきか、経営陣の間でどのように株式持ち分を分配すべきか、出資者を十分集められるだけの株式値上がり益を得られる見込みがディールにあるか、という問題を決定するときに、この評価は試金石となる。株式をトップクラスの経営陣とどのように分け合い、ほかの管理職にどのように与えるかも決める必要がある。あなたがディールから得られるものの評価と、こうした計算をするためのモデルを、第8章で検討する。

 ●デューデリジェンスで詳細にわたり調査する
 売却に同意している相手、素晴らしい戦略、優秀な経営陣、良いディールとすぐにも使える資金が手に入った。だがすべて見かけどおりだろうか。売り手は少しばかり乗り気すぎないだろうか。隠れた問題があるのではないか。自分がいる部門を買うことの利点のひとつは、大抵は秘密の問題点を知っていることだ。それでもデューデリジェンス(事前詳細調査)の過程ではいつでも、良いことも悪いことも含めて、何かしら驚くことが見つかるものだ。通常は、マイナス材料があってもなんとか処理したり回避する手段を見つけることができるが、時にはディールが駄目になることもある。最初の時点でしっかり下調べをしておけば、この段階で予想外の問題にぶつかることも少なくなる。弁護士、会計士とほかの専門家などディールの詳細にわたって指導してくれる小さな専門家軍団を管理する必要がある。1ページの合意書が電話帳ほどの厚さの法律文書になるのはこの段階だ。3000メートルの高さからはきれいに見えたものも、地上に降りて見ればみっともなかったということもある。うまく処理しなければディール自体がつぶれてしまう可能性のある問題が、この段階で明らかになる。デューデリジェンスの手順と落とし穴については第9章で述べる。

 ●熱意をもって実行する
 書類にサインしたときは、仕事の始まりにすぎない。この時点で、あなたは戦略を実行に移す機会を得たのだ。うまくいかなくても責任を転嫁する親会社はいないが、自分にはできると分かっていることを実行に移すのを邪魔する者もいない。やる気に満ちた経営陣と投資した資金を使って、起業家的なアイデアを卓抜な事業に変えることができるかどうかを決める段階だ。良いパートナーは後ろへ退いて、優秀な経営者に仕事をさせる。MBO後の作戦については、第10章で探求する。

 ●エグジットを計画する
 企業の利益と株式の値上がり益は、現金化する方法を見つけるまではいつ消えるともしれないはかないものだ。経営者のほとんどは会社の経営から急いで引退しようと計画しているわけではないが、経営者のほとんどと投資家の全員は、少なくとも株式の一部を3年か4年のうちに現金に換えたいと思っている。そうする方法のひとつは株式を公開することだ。「新規株式公開」については、ほとんどの経営者はうっとりするような話と大金のことしか聞かされない。だが新規公開は、もっと大勢の投資家たちの質問に答える必要が生じたり、短期的な利益に対するプレッシャーが高まるかもしれないことを意味する。だから新規株式公開の是非については、慎重に検討しなければならない。戦略的売却が最善の方法かもしれない。事業の性質による。だがひとつ重要なことがある。ディールをする「前に」、自分のエグジット戦略を持っていなければならないということだ。第10章で、4つのエグジット戦略について検討する。

 ●ヨットを買う
 セーリングはあなたの好みではないかもしれないが、そのお金ですることを何か見つけなければならない。もちろん、いつでもそれを現金に換えて次のMBOに投資し、アメリカンドリームによってますますお金を増やしていくこともできる。

 バイアウトの各段階は常にこの順番で現れるわけではないが(といっても一般的にはヨットは最後の段階までは出帆しないだろう)、通常途中のどこかの段階で現れる。さらにディールのスピードも、SAGAのような猛スピードの場合もあれば、まったく遅々として進まず、完了までに1年以上かかる場合もある。ディールの状況に応じて手順を調整しなければならない。いくつもの作業が同時に進行することも非常に多いので、複数の処理を同時に実行できるのはディール管理の面で重要なスキルだ。これらの問題は、それぞれあとの章でさらに詳しく検討する。


 あなたにも会社が買える

 私は過去15年間に何百というディールに携わり、買収価格で10億ドル以上のディールのクロージングにかかわってきた。ディールを成功に導いて素晴らしい利回りを投資家にもたらしてきたし、自分が指揮していてダメになった、つまりその過程で何百万ドルも全部灰にしてしまったディールもそれ相応にある。多数の企業を公開させ、ニューヨーク証券取引所に上場している企業の会長を務め、その会社が公開した日には取引所に立ち合う栄誉にも浴した。元気づけられる、興味深い旅だった。だが私の仕事で本当に好きなことが2つある。
 1番目は、パートナーと緊密に働いて投資会社を築いて成功させることと、セイヤー・キャピタルの特に優秀な人々と働けることだ。信じられないほど素晴らしいグループで、私の仕事で間違いなく最良の点は、会社の若手プロフェッショナルと一緒に働き、彼らが人間として、また投資家として成長するのを目の当たりにできることだ。この点では最高に恵まれている。 
 仕事で2番目に好きなことは、わが社が投資する企業の経営者と働けることだ。非常に優れた経営者たちと働く機会に恵まれてきた。そして私たちの投資を成功させたのは、これら企業のリーダーたちだ。私たちは指導しディールの枠組みを提供するが、日々戦場にいて戦いを指揮し企業を築き上げるのは彼らだ。彼らが成功を生み出し、私たちは同伴者として誇らしげにそれに乗るのだ。そして私たちの仕事とMBOという手段によって、彼らは以前は社員だった企業のオーナーになる。ずっと遠いところにある取締役会に報告する雇い人から、自分自身の会社を経営する大株主になるのだ。
 私にとってこれはわくわくすることだし、だからこそこの仕事が好きなのだ。私の知識と資本を使って、会社の株をほとんど、または全然持っていない有能な幹部が、かなりの株式を持ち、自分自身の船に号令を下す起業家へと進化するのを手伝うことができる。私にとって、バイアウトを実行することなどつゆほども考えたことのない経営者に、それは現実に可能なのだと示すときほど気持ちの良いものはない。MBOはヘンリー・クラビスやテッド・フォーストマンのためだけでなく、彼らのためにもあるのだ! これは楽しい。そしてこれら経営者と将来MBOのリーダーになるすべての人のために、私はこの本を書いた。
 ディールを指揮し、運をつかみ、主導権を握り、アメリカのビジネスの頂点、つまりMBOのリーダーとして、十分な知識を持って何事かを成し遂げる力をあなたに与えるために、私は本書を書いた。もしも今までにディールをまとめることを考えたことがなかったとしても、本書に出てくる逸話がきっかけになることを願っている。あなたがMBOを勝ち取るなんて不可能だと思っているとしたら、本書に含まれる詳しい情報によって、決意さえあれば成し遂げられることを示せればよいと思っている。多くの専門家が、その過程であなたを手伝おう(そして成功の分け前にあずかろう)と待ち構えている。だから何をぐずぐずしているのか? もしあなたが有能で勇気とアイデアにあふれる経営者なら、あなたにも同じことができるはずだ。本書とそのウエブサイト(www.buyoutbook.com)がその方法を教えるだろう。


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