はじめに
石やメタルは地球からの贈り物です。アメジストは平和をもたらし、クォーツ(石英)は力を与え、シルバーはふだん自覚していない無意識の領域、すなわち潜在意識を刺激します。
遠い先史時代から科学技術の発達した現代に至るまで、私たちは石に美や力や神秘的な資質を見いだしてきました。ハーブと同じように石やメタルにも固有のエネルギーがあり、私たちはこのパワーを使って自分自身や人生を変えることができます。
石の魔法は太古の昔に生まれました。人類の祖先が身近な石の中にある種の力が秘められているのを感じたとき、その歴史は始まりました。おそらく最初は、よくないものや�犲抂��瓩覆發里魴眤爐垢觚酩筺淵▲潺絅譽奪函砲箸靴道箸錣譴燭里任靴腓Α�それから次第に石そのものが神として崇拝されたり、あるいは神への捧げ物とされたり、神の恵みと豊穣を願って土の中に埋められたりするようになりました。石は宗教や儀式、魔法にとって欠かせない一部として、人間とともに歩んできたのです。
近代以降、石の魔法は忘れられていく一方でした。世代から世代へと古い魔法を伝えてきた閉鎖的な村社会が、産業革命とふたつの世界大戦を経てすっかり崩壊してしまったからです。
ところが最近になって、石やメタルの持つ魔法のパワーを見直す機運が高まってきました。それも歴史上類を見ないような急激な盛り上がりです。おそらくこれはハーブの魔法を使う人が増えているように、マイクロチップに支配される現代の生活に人々が満足していない証といえるでしょう。何か大事なものが欠けている……と、誰もが感じていたのです。
私はシャーマニズムと魔法の世界を16年間探究してきて、人間という存在のあらゆる側面を魔法が支配していた時代があったと確信するようになりました。けれども何世紀も時を経るうちに私たちはその英知のほとんどを失い、ごくわずかばかりの知識が残るだけになってしまいました。
魔法に興味がない人でも、誕生石を身につけると幸運が訪れるとか、パールは花嫁に涙をもたらすとか、ホープダイヤモンドは呪われているといった話を信じていたりします。理屈ではなく、ただ無意識に受け入れているのです。
これはいったいなぜなのでしょう。その理由は、石の持つ神秘的なパワーを誰もが疑わなかった時代までさかのぼれば分かります。当時の石の使われ方が、おのずと語っているのです。
色や植物といった自然界に存在するさまざまな事物と同様、石は変化を起こしたいと願う私たちを助けてくれる魔法の道具です。魔法の本質は変容であり、石は自らの持つパワーを貸し与えるとともに、私たちが自身のエネルギーを利用する際の焦点としても働いて、この変容を可能にしてくれます。
何世紀にもわたる抑圧的な宗教体制と極端な物質主義を経て、母なる地球とのつながりが希薄になってしまっていることに、私たちはようやく気づきはじめました。そして今、政府高官や企業の幹部たちは自分たちの未来の方向性を知ろうと、黒いベルベットの上に色とりどりの宝石を投げたり、潜在意識を覚醒させようと眉間にムーンストーンやアジュライトを当てたり、あるいは学生たちは勉強に集中できるように水晶を身につけていたりします。石の力に助けを求めようとする人々に、いにしえの英知への道が再び開かれたのです。
私たちが人間としての可能性を切り開いていきたいと願うとき、石とメタルはその鍵となります。意識の領域を広げ、生活を豊かにし、ストレスを静め、夜の眠りに癒しのエネルギーを送り込んでくれます。
こうした効果は石の力ではなく心の持ちようだと言う人もいますし、もちろんそういう部分もあるでしょう。それは魔法を実践する人々も認めています。けれども魔法の儀式に石を使うとき、地球とつながって生きている人間という存在を思うとき、やはり石の力を認めずにはいられません。
石の魔法は本当にあるのです。たしかな効果を持っています。それを知るには試してみることです。
魔法といっても、科学技術に背を向けるものではありません。私は電気をはじめ今という時代の恩恵を存分に享受しています。
ただ現代のめまぐるしい生活のなかでうまくやっていくためにはそれなりの調整が必要で、そのことをよく理解して快適に生きていけるように古くからある魔法を使うのです。石や人間、いえそれどころか地球や宇宙そのものも創造した大いなる力! 魔法は私たちをこの力と同調させて、不毛な生活を送る多くの人々に欠けているものを補ってくれます。
乾いた川床に転がっている石に呼びかけられたような気がするとき、光を反射する結晶に思わず手を伸ばしたくなるとき、指を飾る美しいカットの宝石を見て想像力が生き生きと輝き出すとき、あなたは石に秘められたいにしえの力を感じとっているのです。
石すなわちパワーストーンを使った魔法世界への扉はいつでも開いています。あなたを待っています。その扉を開くかどうかはあなた次第なのです。