■目次

訳者まえがき
まえがき
序文――コーポレート・リストラクチャリングの挑戦とチャンス
第1部 債権者の債権のリストラ

目次 訳者まえがき 1 まえがき 7   謝辞 9 序文――コーポレート・リストラクチャリングの挑戦とチャンス 19   本書の検討範囲と構成 21   企業のリストラから得られる教訓 25   将来に向けて 35 第1部 債権者の債権のリストラ 37   経営者の挑戦 37   学問的研究 40   各社のリストラ事例 43 第1章 ローウェン・グループ(Loewen Group Inc.) 49   葬儀ビジネス 50   統合による急成長 55   レイ・ローウェンのやり方 56   SCIの敵対的な買収提案 60   経営難 63   残された選択肢 69 第2章 ナショナル・コンビニエンス・ストアーズ(National Convenience Stores Inc.) 83   はじめに 83   これまでの経緯 84   財務状態 85   商品戦略の転換 86   会社更生法の適用申請 89   経営戦略の見直し 91   マーケティング戦略の転換 93   財務再建 94   債権者 95 第3章 コンチネンタル航空(Continental Airlines)――1992年 113   これまでの経緯 114   会社再建 117   オークション 121   決定 127 第4章 フラッグスター・カンパニーズ(Flagstar Companies, Inc.) 143   レストラン業の実情 143   フラッグスターのこれまでの経緯 145   会社更生法の「プレパッケージ」 151   「債権者の最大利益」と「実現の可能性」 154   フラッグスターの企業価値 155   下位劣後債保有者の反対 158   フラッグスターの選択肢 163 第5章 アルファテック・エレクトロニクス(Alphatec Electronics Pcl) 187   ATECとアルファテック・グループのこれまでの歩み 189   経営不振 193   最初のリストラ案 201   タイの新しい破産法 204   新破産法の適用申請 205 第6章 倒産企業への投資――市場調査 231   基本的なリストラ策 233   価値を創出する戦略 235   積極的な投資戦略 237   消極的な投資戦略 243   倒産企業向け債権に投資するリスク 245   再建プロセスにおけるハゲタカ投資家の役割 274   結論 276   付録――連邦破産法第11条に基づく更生計画案の承認の原則 277 第2部 株主の債権のリストラ 285   経営者の挑戦 287   学問的研究 290   各社の事例 292   参考文献 294 第7章 ヒューマナ(Humana Inc.)――市場の変化に対応した企業経営 299   ヒューマナのビジネス 301   総合医療サービス制度の見直し 305   リストラ策の選択肢 308   スピンオフ 311 第8章 USX(USX Corporation) 325   これまでの経緯 326   リストラ策 327   カール・アイカーンの挑戦 330   新たな可能性 333   取締役会の決定 338 第9章 ドナルド・ソルター・コミュニケーションズ(Donald Salter Communications Inc.) 353   ドナルド・ソルターの歴史 354   企業価値をベースとした報酬 359   営業業績 362   挑戦 366 第3部 従業員の債権のリストラ 379   経営陣の挑戦 380   学問的研究 381   各社の事例 383   参考文献 385 第10章 ナビスター・インターナショナル(Navistar International) 389   ナビスターの歴史 390   再生 392   健康管理給付の問題 394   新しい会計基準 397   変更の可能性 399   訴訟と交渉 400   決定 404 第11章 スコット・ペーパー(Scott Paper Company) 423   スコットと製紙業界の状況 424   近況 427   アルバート・ダンラップ 429   決定 435 第12章 FAGクーゲルフィッシャー(FAG Kugelfischer)――ドイツ企業のリストラ 459   クーゲルフィッシャーの歴史 460   ベアリング産業 462   東ドイツへの進出 466   企業再建屋 468   ドイツのリストラ 470   今後の対応策 472 第13章 チェース・マンハッタン(Chase Manhattan Corporation)――米最大の銀行の誕生 485   ケミカル銀行 486   チェース・マンハッタン 489   銀行業界の再編成 491   リストラの分析 495   さまざまな挑戦 502   決定 507 第14章 UAL(UAL Corporation) 527   これまでの経緯 528   規制緩和 529   経営陣の対応策 532   経営側の選択肢 534   組合問題と政治の現実 537   新しいCEO 539   改革プランのリスク 540 付録A 価値評価のギャップの修正――企業のリストラを分析するときの単純化した考え方 563   なぜリストラか 565   具体的な事例 566 付録B リストラにおける企業価値の評価法――テクニカルな説明 569   ディスカウンテッド・キャッシュフロー(DCF)法 670   市場価値倍率(Market Value Multiples) 578   参考文献 581

■訳者まえがき

 本書の一貫したテーマは、ゴーイング・コンサーン(継続企業)としての「企業価値」をどのようにして高めるのかということである。「企業価値」が増大して損をする人、それに反対する人などはいないだろう。しかし、問題はその「企業価値」をどのようにして引き上げ、その結果がだれの利益になるのかということである。企業のリストラをめぐる究極の問題は、この一点に集約されるといっても過言ではない。  「コーポレート・リストラクチャリング」(リストラ、事業の再構築)という用語はさまざまな意味で使われているが、本書で使われているリストラの定義は極めて明快である。すなわち、ヾ覿箸箸呂気泙兇泙文朕佑箸侶戚鶸愀犬僚弦臑里任△襦↓△海侶戚鵑療事者はその企業の利益とキャッシュフローに対して債権を持つすべての人々である(株主、債権者、経営陣、従業員、取引先など)、4覿箸離螢好肇蕕箸呂海譴蕕凌諭垢箸侶戚鵑鯤儿垢垢覦貅錣離廛蹈札垢任△襦K椽颪任呂海猟蟲舛暴召辰董◆嶌銚⊆圈廖岾主」、そして「従業員」の債権のリストラのさまざまな事例が検討されている。
 
M&A(合併・買収)の第4次ブームと言われた1980年代のアメリカでは広範な産業の低生産性が大きな問題となり、すでに成熟期を迎えた企業のM&Aが活発になる一方、コンピューターなどの新しい産業が台頭して業界再編に向けた主力企業のM&Aも活況を呈した。しかし、1990年代になると「コーポレート・レイダー」(会社乗っ取り屋)や「グリーンメール」(ターゲット企業に買い占めた株式の高値引き取りを迫る買収戦略)などに代表される敵対的なM&Aは影を潜め、友好的なM&Aが一般的になってきた。そしてこの時期のもうひとつの大きな特徴は、「ダイベスティチャー」(事業の切り離し)による多様なリストラ手法が企業の経営戦略として定着したことである。その背景には、「コングロマリット・ディスカウント」(事業の多角化に伴う情報不足から株式市場で多角化企業の価値がよく認識されず、株価が割安な水準に放置されること)を解消するため、非中核事業の分割・売却によって本業特化型企業に脱皮する企業が増加したことがある。  1980年代のコーポレート・レイダーに続く1990年代の話題の投資家は、いわゆる「ハゲタカ投資家」と呼ばれる人々であろう。「ハゲタカ投資家」とはその言葉のイメージどおり、「経営難に陥った企業や倒産企業の債権を買い漁るプロの投資家」である。代表的なハゲタカ投資家のひとりであるサミュエル・ゼル氏などは、「墓場のダンサー」と呼ばれている。しかし、こうした投資家がクローズアップされるのもそれなりの理由と時代的な背景があってのことであり、アメリカの倒産企業向け債権市場の拡大と決して切り離すことはできないだろう。この市場でハゲタカ投資家が果たしている役割、そこで大きな利益を上げるための資質と投資戦略、さまざまなリスクの巧みな管理法――などについては、本書第6章の「倒産企業への投資」で詳述されている。
 現在、アメリカの倒産企業向け債権市場は極めて巨大なものになっている。今からほぼ10年前の1992年の時点でも、経営破綻またはデフォルト(債務不履行)になった米企業向け債権額(額面総額)は1590億ドル(現在の為替レート換算で約19兆円)に上っている。そしてこうした債権を専門に取り扱う大手投資ファンドの債権購入額は1993年に200億ドル(約2.4兆円)を突破したという。これに対する米ベンチャー・キャピタル・ファンドの投資額は270億ドル(約3.2兆円)である。
 アメリカでは1980年以降に2000社以上の上場会社が連邦破産法第11章(会社更生法)の下で会社再建を図ったほか、1500社以上の企業がスピンオフ(会社分割)やカーブアウト(子会社の公開・上場)によって事業を分割したり、またはトラッキングストック(子会社業績連動株)を発行して7000億ドル(約83兆円)の株式を新規公開した(しかしその一方で、企業のこうしたリストラ策の影響で1000万人を超える人々が職を失ったという)。

 これまで企業を保護してきたさまざまな垣根が取り払われ、全世界で規制のない活況な市場が開けてきた。しかしこのことを逆に言えば、時代に合わない非効率な経営しかできない企業の経営者と労働者は職を失うということでもある。アメリカでは好不況にかかわらず、企業のさまざまなリストラ策が毎年増加の一途をたどっている。そしてアメリカのみならず、世界的にも企業の多様なリストラ手法と倒産企業向けの債権は増加し続けており、日本でも近い将来に倒産企業向け債権市場が大きな投資チャンスを提供することは間違いない。  日本の近未来の企業縮図を暗示するこのような力作の翻訳機会を与えてくださった後藤康徳氏(パンローリング)、膨大な図表・資料をコンパクトにまとめて読みやすい邦訳書に仕上げていただいた編集・校正の阿部達郎氏(FGI)、すばらしい装丁で本書を引き立ててくださった新田和子氏、皆さまのご尽力がなければこのような貴重な著作の邦訳は成らなかったであろう。深くお礼を申し上げます。なお、米連邦破産法第11章の制度や会社更生手続きなどについては、渡邉光誠著『アメリカ倒産法の実務』(商事法務研究会刊)を参考にさせてもらった。ここに併せてお礼を申し上げたい。

 2003年4月                          関本博英

■序文――コーポレート・リストラクチャリングの挑戦とチャンス

 21世紀の幕開けとともに、各国の企業は世界の市場でこれまでにない熾烈な競争を展開している。輸入関税やその他の貿易障壁が大幅に取り払われた結果、生産コストの高い非効率的な企業はグローバルな市場で厳しい試練にさらされている。今や巨額のマネーが最も高いリターンを求めて世界の金融市場を駆けめぐる。そしてテクノロジーの革命的な発展により、多くの製品とサービスの生産コストは急落している。こうした厳しい企業環境のなかで、業績と株主価値の向上に向けて企業経営者に対するプレッシャーは強まる一方である。厳しい試練に打ち勝てない企業はその独立性を脅かさせるばかりでなく、市場からの退出を余儀なくされる。
 こうした状況の下で、過去20年間にはこれまでにない多くの企業が経費の削減、従業員の労働意欲の向上、そして市場における自社の優位性維持のために、ドラスチックな事業の再構築を実施している。それには当該企業とその主要な債権保有者である株主、債権者、従業員および取引先間の契約の見直しや再交渉も含まれる。企業のなかには敵対的な買収提案といった危機に直面してやっとリストラに踏み切ったところもあるが、その一方で先手を打ってリストラに着手する企業も少なくない。いずれにせよ、そうした企業のリストラがその債権者たちに及ぼす影響は甚大である。
 先進国のなかで企業のリストラの経験を最も豊富に持ち合わせているのはアメリカだという点に異論はないだろう。各種統計によれば、米企業のリストラの影響は極めて広範にわたっている。1980年以降には2000社以上の上場会社(その総資産は約7000億ドル)が連邦破産法第11条(会社更生法)の適用による保護を受けたほか、ほぼ同数の企業が裁判所の外で自力再建を試みている。また、この同じ時期に1500社以上の企業がスピンオフやカーブアウト(親子関係を残す子会社の公開・上場)によって事業を分割したり、またはトラッキングストックの発行によって7000億ドル以上の株式を新規公開したりした。しかしその一方で、企業のダウンサイジングの影響で1000万人に上る人々が職を失ったとみられる(アメリカの生産者物価指数に基づく1999年の恒常ドル換算の数字。出所はBankruptcy Yearbook & Almanac[破産統計年鑑]、米労働省労働統計局など)。そして驚くべきことに、アメリカ企業のこうしたリストラの水準は好不況を問わず、毎年上昇の一途をたどっているのである(本書1〜3部の序章では、リストラに関するカテゴリー別の各種統計が掲載されている)。
 アメリカが企業リストラの先進国であることに異論はないとしても、今や世界各国の企業も驚くべきスピードで事業の再構築を進めている。この5年間に欧州とアジア地域には企業のリストラの波が怒とうのごとく押し寄せた。例えば、欧州ではEU(欧州連合)の通貨統合で単一通貨ユーロが誕生したことにより、高コスト体質の企業が自国通貨の切り下げで急場をしのいだり、コストの一部を消費者に転嫁することはほとんど不可能になってきた。企業を保護してきたさまざまな垣根が取り払われ、自由で活況な市場が開けてきたということは、逆に言えば非効率な企業の経営者と従業員は職を失うということでもある。そして飛躍的に発展している欧州の高利回りの公債市場は、企業買収の新しい巨大な資金調達の場になりつつある。
 一方、アジアでも1997年の経済危機の影響は今なお続き、多くの企業に根深く残っていた経営の非効率さを白日の下にさらけ出した。その結果、タイ、韓国、インドネシアおよびマレーシアなどの大企業の多くは破産裁判所の下で苦しい再建の道を歩んでいる。しかし最近ではこうした裁判所による再建のプロセスにより、かつては何十万人もの従業員を雇い、その国の経済を引っ張ってきた巨大企業を最終的には解体または清算に追い込むこともそれほど珍しいことではなくなった。日本でも取引銀行、顧客または取引先の支援を受けられずに、独力で不良債権問題に取り組まざるを得ない企業も少なくない(「必要性とフォードから迫られたマツダの米国流ダウンサイジング」2000年1月5日付ウォール・ストリート・ジャーナル紙、「日本国民の猛反対で企業救済策を取り止め」2000年7月13日付ウォール・ストリート・ジャーナル紙)。世界各地の商品、資本および労働市場の垣根がなくなりつつある今日、全世界の企業にリストラの波がさらに激しく押し寄せることは間違いなく、南米や中国の企業もその例外ではない(「アルゼンチンの調査」2000年9月26日付フィナンシャル・タイムズ紙、「失業――中国資本主義の危険な曲がり角」1998年1月20日付ニューヨーク・タイムズ紙)。
 企業のリストラはもはや他人事ではない。それは多くの人々が毎日の仕事のなかで直面するごくありふれた出来事になりつつある。しかし、リストラの実施企業とその顧客、取引先、金融機関、従業員および競合他社とのさまざまな関係に目を向けると、事業の再構築が及ぼす影響は甚大かつ広範囲にわたり、それらの企業に資金を提供した何百万人もの投資家にも大きな影響を与えるという現実に何ら変わりはない。

本書の検討範囲と構成

 現在の企業環境の下では、すべての経営者が事業の再構築の手法と最良の選択肢を理解することは必須の条件だ。しかし、それに伴うさまざまな問題点、そのプラス/マイナスの影響、当事者の利害の対立などは複雑である。さらに企業のリストラには難しい税務、法律および会計上の問題も伴うため、どの方法がその企業や企業価値の向上にとってベストであるのかを知るのはそれほど簡単ではない。また企業のリストラが常に「プラスのゲーム(Positive Sum Game)」であるわけではなく、それが株主など一部の債権保有者には利益をもたらすが、従業員や取引先には大きな犠牲を強いるということも珍しくはない。
 企業のリストラについては多くの学問的研究(リストラと株価に関する研究など)も発表されているが、その“実態”についてはあまり明らかにされていない。つまり各企業がリストラをどのように実施しているのかはほとんど知られていない。リストラに伴うさまざまな問題が政治的または企業競争上からも極めて微妙なものであるため、それも無理からぬことかもしれない。経営者の多くはリストラという現実に直面したときの難しい決断や苦闘についてはあまり多くを語りたがらない。このため、企業のリストラについて書かれた多くの書物のデータは公表された事実や資料に限られている。そうしたデータも企業のリストラについて貴重な情報を提供してはいるが、その企業の内部で実際に何が起こっているのかは依然として謎のままである。  本書ではそうした企業のリストラの現実を明らかにするため、1992〜2000年に行われた13社のリストラについてそれぞれの現場から洞察を加えるよう心掛けた。これら13社の事例には連邦破産法による会社更生、債務のリストラ、「
ハゲタカ投資家」、スピンオフ、トラッキングストック、アセット・ダイベスティチャー(事業資産の分割・売却)、従業員のレイオフ、ダウンサイジング、M&A(合併・買収)、レバレッジド・バイアウト(LBO)、労使の賃下げ交渉、従業員バイアウト(EBO)、退職後給付制度の見直しなど、多様なリストラのケースが登場する。
 これら各社のリストラ事例は、8年にわたって続けられた「コーポレート・リストラクチャリングによる企業価値の創出」と題するハーバード・ビジネススクールのゼミナールを通してまとめられたものである。このゼミには将来は投資銀行や商業銀行でキャリアを磨きたいと思っている学生をはじめ、戦略的な企業経営コンサルティング、会社法、株式投資および総合的な企業経営手法などを勉強したい学生などが多数参加した。ここでまとめられた企業のリストラ事例の研究成果はハーバード大学の経営実務コースをはじめ、そのほか多くのビジネススクールの大学院でも使用されている。
 本書に盛り込まれた各社のリストラ事例は実際に関与した経営者、投資銀行関係者、弁護士、投資家およびその他の当事者とのインタビューのほか、これまであまり知られなかった企業の内部事情やデータなどに基づいている。ここでは多様なリストラ策のテクニックと戦略、当該企業や各業界の内部情報などがカバーされている。そのなかには過去10年間で最も毀誉褒貶(きよほうへん)の多い「チェーンソー」の異名を持つプロの再建屋、アルバート・ダンラップ氏によるスコット・ペーパー従業員の大量首切りをはじめ、(ユナイテッド航空の持ち株会社である)UALの従業員バイアウト、USXのトラッキングストック発行までの経緯、コンチネンタル航空の二度目となる連邦破産法第11条の下での苦闘、チェース・マンハッタンとケミカル銀行との巨大銀行合併のケースなども含まれている。
 これらのリストラ事例では、アメリカが世界で最も豊富なリストラ経験を持つうえ、米企業の経営者が自らのリストラ体験について率直に語ってくれたこともあって米企業のケースが多くを占めるが、アメリカ以外の企業のリストラ事例も2件収録した。そのひとつは高い労働コストに悩むドイツ企業のリストラであり、もうひとつはアジア通貨危機による経営不振から初めて改正破産法の下で会社更生を目指すタイの企業のケースである。  企業がリストラ策を発表すると、株価上昇による企業価値への影響が時に数十億ドルに上ることもある。例えば、スコット・ペーパーが1万1000人以上の従業員を解雇したところ、同社の株価は3倍以上に上昇し、その時価総額は29億ドルも急増した(スコット・ペーパーの大幅な株価上昇の真相は次のようなものだった。同社のリストラが始まった1994年4月の普通株の時価総額は14億ドルだったが、キンバリー・クラーク社によるスコット・ペーパーの買収でリストラが終了した1995年12月の時価総額は47億ドルとなった。株価の上昇率は3.36倍、増加額は33億ドルである。もしこの間のスコット・ペーパー株の上昇率がS&Pの紙・パルプ製品指数の上昇率と同じであったとすれば、その値上がり幅は29%、金額にしてわずか4億ドルにすぎない。ただ注意しなければならないのは、同社のこうした企業価値の上昇は普通株の時価総額に限ったものであり、そこでは従業員、取引先、顧客、債権者のほか、同社の工場が所在する地域社会の利害関係者などの損益はまったく考慮されていないことである)。またユナイテッド航空でも、給与・給付面での大幅な譲歩の見返りに従業員がその株式の過半数を取得すると、その株式時価総額はやはりスコット・ペーパーの株価と同じくらい上昇したのである(巻末の付録Bにはリストラにおける企業価値を測定するさまざまな評価法が掲載されている)。  本書では企業のリストラに関係する3つのカテゴリーの債権保有者(債権者、株主および従業員)ごとに3つの部に分けた。各部では、それぞれの企業が直面する特有の問題や挑戦に応じて異なったアプローチが取られている。例えば「債権者の債権のリストラ」を扱った第1部では、連邦破産法第11条の適用申請による会社更生、裁判所の外での債権者との交渉などに焦点を当てながら、当該企業の過大な債務とそれによる経営不振の問題を検討した。続く第2部「株主の債権のリストラ」では、普通株の過小評価の問題に対処して当該企業が実施したスピンオフやトラッキングストックなどの問題に焦点を当てた。最後の「従業員の債権のリストラ」に関する第3部では、労働コストの削減に向けた各企業のさまざまなアプローチ――レイオフ、早期退職制度、給与・給付面での譲歩と株式取得をめぐる労使間交渉など――の問題を検討した。

企業のリストラから得られる教訓

 本書で扱った各社のリストラ事例は企業、業種およびその手法の面で多岐にわたっているが、それらに共通する何らかの教訓を引き出すことは可能であろう。企業がリストラを実施する際に、経営者が直面する3つの大きな問題または挑戦とは次のようなものである。  (1)「リストラの方法」――その企業が直面する特有の問題、挑戦またはチャンスに適切に対処するにはどのようなリストラ手法が適しているのか。  (2)「実施方法」――リストラの実施で最大の企業価値を創出するにはどのようにリストラ策を実施し、またそれに伴う多くの障害をどのように克服すべきか。  (3)「PR方法」――リストラを通じて創出された企業価値を株価に完全に反映させるには、投資家にどのようにPRすべきか。

 これら3つの要件のひとつでもうまくいかないと、そのリストラ策は失敗に終わるだろう。

明確な目標を持つ

 もし経営者がその企業の直面している基本的なビジネスや戦略面での課題とチャンスをしっかりと理解していれば、そのリストラ策が成功する確率はかなり高い。例えば、病院経営と健康管理サービス事業を兼営していたヒューマナの場合、経営者はこれら2つの事業が戦略的に両立しないことを十分に認識していたため、スピンオフによって会社を分割することにした。同社の経営陣にとってトラッキングストックの発行、レバレッジド・バイアウト(LBO――買収先企業の資産を担保にした借入金による企業買収)、自社株の買い戻しなどの選択肢もあったが、それらはいずれも同社の基本的な問題を解決することはできないと判断された。  一方、チェース・マンハッタンとケミカル銀行は両行の合併を、営業コストの削減と重要な戦略的目標を実現するチャンスと位置づけていた。その結果、両行が結合することで管理事務、支店網およびコンピューターシステムなどの部門で重複する業務を合理化することが可能になる。両行の経営者は、広範な部門を持つ金融機関は法人や個人顧客向けの新しいビジネスを開拓するうえで大きな優位性を持つと信じていたのである。両行の合併は売上高を伸ばすけん引力とも考えられていた。両行がそれぞれ独自に営業コストを削減しても、この目標を実現することはできなかったであろう。
 スコット・ペーパーのCEO(最高経営責任者)は職場の混乱を最小限に抑え、資本市場での信用力を向上するために、1年以内という短期間で大規模なレイオフを実施することを決めた。しかし別の企業にとっては、企業戦略およびビジネス上のさまざまな要因を考慮すると、もっと穏やかなダウンサイジングの手法が適しているだろう。例えば、これまでの労働集約形態からもっと有望な事業形態に企業戦略を移していきたい企業などがそうである。いずれにしても、こうした事業形態の変更には従業員のレイオフが避けられない。とはいえ、その企業の現在のビジネスで相応の利益が出ているのであれば、人員整理を伴うそうした事業形態の変更は数年をかけて徐々に進めるのが適切であろう。こうした状況は1980年代のメインフレーム・コンピューター(大型汎用コンピューター)産業で見られた。法人顧客は、メインフレームからUNIXをベースとした「オープン・アーキテクチャー」のコンピューターシステムへと、即座に移行したわけではないのである(オープン・アーキテクチャー・システムではメインフレーム・コンピューターシステムよりも標準化されたコンポーネント[構成部品]を使用していた。それらのコンポーネントの製造はタイやインドネシアなどの低賃金諸国に外注されたので、国内では多くの余剰労働力が発生した。しかし、学校、政府機関および教会など主要な大口顧客の多くが従来のコンピューターシステムを一新するには多額の経費がかかるとしてそのまま使用し続けたので、メインフレーム・コンピューターは依然として利益の上がる部門だった)。

いつ引き金を引くべきか

 多くの企業では、選択肢が狭まり、自力再建が極めて難しくなってはじめて、大規模なリストラ策を検討する。例えばスコット・ペーパーの新しいCEOは大規模な人員削減をマスコミから激しく批判されたが、同社の長期にわたる経営不振と財務問題を解決するうえであまり選択肢が残されていなかったことを考えると、そうしたドラスチックな措置もやむを得なかったとも考えられる。各種の調査結果によれば、先手を打った自主的なリストラは、倒産や敵対的買収といった差し迫った危機から余儀なくされたリストラよりもはるかに多くの企業価値を創出するといわれる(ゴードン・ドナルドソン著『コーポレート・リストラクチャリング――内部からの企業変革』[ハーバード・ビジネススクール・プレス、1994年])。
 本書で扱った一部の企業は、財務危機が深刻化しないうちに大規模なリストラを実施している。例えば1994年当時、ユナイテッド航空はほかの航空会社に比べて強い財務力を有していたにもかかわらず、同社の従業員に対してほぼ50億ドルに上る給与・給付の削減に同意させた。ヒューマナがスピンオフを行ったのもまだ十分に利益が出ているときだった。
 遅すぎるリストラを避け、先手を打ったリストラを促すにはどうすればよいのだろうか。例えばユナイテッド航空の経営陣は、従業員が妥協に応じるような危機的状況を意図的に「作り上げた」。同社の経営陣は労使交渉の早い段階に、もし労使間の合意が成立しなかった場合には、会社を分割して何千人もの従業員を解雇すると労組側に通告した。経営陣は詳細な財務予測を含むリストラ計画を作成して、同社の危機的状況を現実のものにしたのである。その当時のユナイテッド航空のCEOは有言実行の評判が高く、労組からは嫌われていた(彼がそのようなラディカルなリストラ策を意図していたのかどうかは分からないが、重要なことは労組側が彼ならばそうした過激なこともしかねないと“信じた”ことである)。
 ヒューマナのケースを見ると、経営陣はその社風から見て現状を変革していく必要性をいつも痛感し、その選択肢を模索していた。同社のCEOはこうした「会社の不安感」を作り上げ、それまでに二度にわたって同社を新しい企業に脱皮させることに成功した。危機的状況が迫っていなくても、その企業の全体的な経営戦略に何らかの問題があると見られるときには、上級役員グループが問題点の追究に乗り出す。現場から一歩離れた視点からのちょっとした努力が経営戦略の欠点を明らかにし、効果的なリストラの布石となるのである。  これらの企業には迅速な行動を可能にする条件がそろっていたが、それには強力な個性の、または先見力のあるCEOの存在といったその企業に特有の条件も含まれる。それならば、企業が先手を打ったリストラを全社的に推進するにはどうすればよいのだろうか。そのひとつの方法は財務面での借り入れ能力を高めることであり(これが低いとリストラのショックを吸収する力が弱くなる)、もうひとつはリストラによって企業価値を高めた功労者の経営陣に相応のインセンティブ(株価連動型報酬)で報いることであろう。ただし、この方法はすべての人々から評価されているわけではない(カレン・ラック教授などはリストラを迅速に進めるための借り入れ能力の高め方をいくつか提唱しているが、ほとんどの企業は倒産や敵対的買収といった危機的状況に直面しないと本気でリストラに取り組まないのが実情である。一方、株価連動型報酬といった方法があまり大々的に行われない理由のひとつは、多くのリストラ犠牲者が出ているのに経営陣だけが大きな報酬を得ると国民やマスコミから猛攻撃を受けるからである)。

厄介な問題

 リストラ策を推進するとき経営陣が下すあらゆる決断はその成否を大きく左右する。経済学的に見れば、リストラとはその企業に対する市場の不完全な評価を是正する一連のプロセスともいえるが、経営者がそこで直面する問題と挑戦は広範かつ多岐にわたる。
 連邦破産法の下で会社更生を図る場合、大きな問題のひとつは債務をどのように減らすかということであろう(しかし、時に債務免除所得が課税の対象になることもある)。例えばフラッグスター・カンパニーズの場合、事前の会社更生策を実施することで10億ドル以上もの債務を削減した。しかし、もし債権者に債権帳消しの代わりに新株が発行されたりして株式の保有関係が大きく変われば、繰越欠損金(NOL)による税額控除というメリットは失われる(繰越欠損金の税額控除には例外もある。連邦破産法による会社更生の税務問題についてはスチュアート・ギルソンによる「取引コストと資本構成の選択――経営不振企業からの証拠」[1997年のジャーナル・オブ・ファイナンス誌]を参照)。コンチネンタル航空が連邦破産法第11条の保護から脱したとき繰越欠損金は14億ドルもあったが、再建資金を調達するために投資家グループに過半数の株式を売却したため、株式の保有構成は大きく変わってしまった。
 一方、連邦破産法の会社更生手続きに伴う多額の出費を避けるため、裁判所の外で自力再建を図る企業にとって、社債のリストラはかなり困難である。既発債が広範に保有されている場合、社債保有者は会社側からの譲歩案を受け入れようとはせず、なんとかしてそれを他人に転嫁したいと思っている。こうしたことから、譲歩案を受け入れた社債保有者には何らかの補償を行う一方で、譲歩案を受け入れようとしない保有者には相応の犠牲を強いることになるが、その場合でも証券法の規定に従って同じ債権を持つ債権者については同等の処遇をはからなければならない。こうした状況は倒産または裁判所の外での自力再建という二者択一を迫られたローウェン・グループで見られた。
 経営者はまた、非課税のスピンオフで会社を分割しようとする前に、新設の子会社と親会社の間で間接費をどのように分担するのかを決定しなければならない。その場合、双方の経営陣が最良の資産や人材を確保したいとお互いに譲らないと問題は複雑になる。もちろん非課税のスピンオフを実施するには、一定の厳しい要件を満たさなければならない。もし親子2社がスピンオフで分割される前に業務上密接なつながりがあれば、正式な契約を結んで引き続きそうした関係を維持すべきかどうかを決める必要がある。ヒューマナの2つの事業部門はスピンオフする前から密接な関係にあったため、そうした関係を突然打ち切ってしまうと両部門にとって長期的な損失を引き起こす危険性があった。
 一方、企業経営者はダウンサイジングを実施する際にもさまざまな難しい挑戦に直面する。レイオフする従業員の人数をはじめ、その対象となる従業員(ホワイトカラー/工場労働者、国内労働者/海外労働者など)、レイオフの実施時期などについても決断を下さなければならない。さらに残った従業員やマスコミとの関係にも細心の配慮が必要である。経営陣の報酬がストックオプション(自社株購入権)やその他のインセンティブによってリストラの成否と直結している場合には、そうしたプロセスはいっそう複雑になる。企業の合併で労働者のレイオフが避けられない場合、新しい企業の労働者をどの程度削減するのかといった決断もある。こうした一連の決断は合併のプロセスや新会社の株式市場での評価に大きな影響を及ぼす(「対等合併」と発表された企業結合の多くは、実際にはそれとは大きく異なるのが実情のようだ。これについては、ビル・ブラシック/ブラッドレー・スターツ著『ダイムラー・ベンツはクライスラーとどのように走り去ったか』[ウィリアム・モロー社、ニューヨーク、2000年]を参照)。

企業価値の分配

 企業のリストラにおいて債権者たちは一般に何らかの譲歩を迫られるが、残った利益をどのように分配するのかといった重大な問題もある。リストラはその企業の価値ばかりでなく、各債権保有者の利益にも大きな影響を及ぼす。ほぼすべての企業のリストラにおいて、企業の価値をどのように分け合うのか、そして債権保有者にはどの程度の「痛み分け」を受け入れてもらうのかといった問題がある。そのような場合には人間の醜い面がむき出しになるものであるが、そうした利害の対立をどのように調整するのかといったことは経営者にとっての大きな仕事である。それに失敗すれば、リストラ計画が大幅に遅れたり、または失敗することによって利害関係者全員が大きな損失を被るだろう。
 例えば、ナビスター・インターナショナルのリストラ計画では債権保有者間の利害の対立が大きな問題となった。退職者とその家族に全額負担を保証していた健康管理給付の債務額が26億ドルにも達していたのである。この負債は会社側の予想以上のペースで増え続け、同社の自己資本の5倍以上にも達していた。倒産の危機に直面した同社は、この退職者給付の負担額を半分以上削減することを提案した。当事者間ではこの問題をめぐって激しい交渉が行われ、いくつかの裁判所で法廷闘争も展開された。
 一方、ドイツのFAGクーゲルフィッシャーでも企業価値の分配をめぐって労使間で激しい交渉が行われた。ボールベアリングメーカーである同社の問題点は、アメリカの同業他社より40%以上も高いドイツの平均的労働者の賃金水準であり、これがグローバルなボールベアリング市場での同社の競争力を弱めていた。しかし、強い権限を持つ労働組合の激しい反対でレイオフや給与の削減は困難を極めた。さらにドイツの企業経営者は昔から「社会契約」によって、株主をはじめ、従業員やその他の利害関係者にも大きな社会的責任を有していた。このため、同社の所在地であるシュワインフルトでの失業率が16%にも達していたこともあり、賃金カットを実施したくても国民やマスコミの猛攻撃で思うようにいかなかった。
 企業価値の分配をめぐる当事者間の交渉がまとまらない大きな理由のひとつは、企業価値について債権保有者の評価がまちまちなことである。例えばフラッグスター・カンパニーズのリストラの場合、企業価値の評価額は優先債権者と劣後債権者の間では5億ドル以上もの開きがあった。リストラ計画では債権者に対して相応額の新株の発行を提案したので、債権の最終的な回収可能額は企業価値とこの新株がどの程度の価値を持つのかにかかっていた。
 企業価値の評価額をめぐるこうした不一致を埋め合わせるには、債権保有者グループのひとつにその企業の将来の実現価値に見合った金額の支払いを約束した「保険証書」を発行するのも一策であろう。「アーンアウト条項(Earn-Out Provision)」(将来の業績に応じて報酬を支払うことを記した条項)や「カラー(Collars)」と呼ばれる一種の保証措置は、企業合併の際によく見られるものである(企業の合併が買収企業と被買収企業の株式交換によって行われる場合、被買収企業の株主は持ち分が大きく減価する可能性もある。「カラー」とはそうした損失分を補償するものである)。ユナイテッド航空のリストラ計画でも、従業員の努力によって株価が大きく値上がりした場合は、株式が追加発行されるといった保証措置が提示された。債権者に対して、会社更生計画の下で得られる債権価値の変動分をヘッジするためのワラント(新株引受権)やプット・オプションが発行されることもある(スチュアート・ギルソン/エディス・ホッチキス/リチャード・ルバックによる「倒産企業の価値」[2000年のレビュー・オブ・フィナンシャル・スタディーズ誌])。しかし、そうしたやり方は十分に理解されていないことから、このようなケースはまだ一部にとどまっているのが実情である(ミカ・オフィサーによる「M&Aにおけるカラー」[ロチェスター大学の博士論文、2000年])。

最大の利益を引き出すには

 上場企業の場合、リストラの成否は最終的には株式の時価総額によって評価される。しかし、リストラによって創出されたすべての企業価値を投資家が正当に評価してくれるとは限らない。投資家がその企業のリストラ効果を過大に評価したり、または過小に評価したりするにはそれなりの理由がある。多くの企業はあまりリストラの経験を持っていないので、その成果を投資家によく分からせることができないのである。またリストラの影響があまりにも複雑で広範になることも珍しくないため、投資家がその成果を正しく評価できないという事情もある(例えば、ユナイテッド航空で提案された従業員バイアウトについて説明した株主向け説明書は、本文、図表および付属資料を含めて250ページにもわたる分厚いものだった)。タイ破産法の適用を申請したアルファテック・エレクトロニクスの債権者は、数十カ国で1200社以上にも上っていた。さらにリストラの実施に伴って当該企業の資産、事業内容および資本構成などが大きく変化することもリストラの効果の評価を難しくしている一因である。
 このためほとんどの企業のリストラでは、その成果を資本市場でどのように正当に評価させるかが大きな課題となる。それに対するひとつの対処策は、投資家やアナリストがリストラの成果を正確に評価できるように有益な情報を提供することであろう(リストラ企業の開示情報がその株価にどのような影響を及ぼすのかについてはさまざまな学問的研究が行われている。投資家にその企業の市場価値を理解させるという考え方の根底には、企業価値は株式市場で平均して正しく評価されるという有名な効率的市場仮説がある。しかし、このことはすべての企業資産について適切な価格がつくということではないため、経営陣は自社の市場評価については常に是正していく努力を続けていかなければならない)。しかし、ここでも経営者はできるならば自社の情報をあまり公表したくないというジレンマに直面する。例えば、従業員がレイオフされる工場の詳細なデータを公表すれば、同業他社に対してその会社の商品や出荷市場の情報を教えてしまうということにもなりかねない。そうした企業情報を外部に漏らせば、従業員との関係にも悪影響が出るだろう。例えばユナイテッド航空の経営陣は、従業員が大きな代償を支払って同社の株式を取得することを知っていたがゆえに、給与・給付面での譲歩をあまりうるさく求めるようなことはしなかった。開示情報がどのように受け取られるかで経営陣の信頼性も大きく左右される。
 業績の改善に向けた企業のリストラでは、コスト削減と収益向上の2つが大きな課題となる。例えばスコット・ペーパーのリストラ計画では、消費者向けティッシュ製品のブランドを利用して収益の向上を図ろうとした。経営陣はこの目標を大々的に宣伝したが、投資家やアナリストの多くはそうした収益向上の目標よりはコスト削減策のほうを高く評価しがちである。こうしたことから、チェース・マンハッタンとケミカル銀行の経営陣は両行の合併が利益面に及ぼす影響は極めて大きいと信じていたが、合併のシナジー効果による増益額については控え目にしかコメントしなかった。
 企業のリストラ策の情報開示があまり効果のないときには、もっと工夫した戦略が必要になるだろう。例えばユナイテッド航空ではIR(投資家向け広報)の一環として、一般に認められた会計原則(GAAP)をベースとした通常の利益とともに、新しい基準に基づく収入の数字も公表し始めた。詳細なキャッシュフローをカバーするそうした収益のデータは、従業員バイアウトによる金融面での利益について投資家に知ってもらうためのものである。ただし、多くの投資家にこうした新しい会計手法に基づく数字を理解してもらうにはもう少し時間がかかるだろう。
 ところで、リストラを実施する企業が非上場または非公開の会社であれば、投資家の理解を得るのも上場企業よりは容易であろう。とはいえ、非上場企業であれば経営陣にリストラによって最大の価値を創出するためのインセンティブを与えるのも難しくなるため、ドナルド・ソルター・コミュニケーションズのケースに見られるように、公開市場の株価がないということは「もろ刃の剣」ともなる。

将来に向けて

 本書で扱った13社の企業のリストラ事例は、過去10年間に行われた企業のリストラのなかでは最も代表的なケースである。これらの事例は、今後10年間にさらに進化を遂げるであろう事業の再構築を考えるためのモデルケースとなるものである。企業のリストラとは業績の改善、新しいビジネスチャンスの追求、資本市場での信用力の向上などを通じて、新たな企業価値を創出するものである。世界には新しい変化のうねりがこれまで以上に急ピッチで押し寄せていることから、技術革新、競争の促進、規制緩和、金融革新、税制およびマクロ経済的な変革といった企業のリストラを促進する外部要因もさらに重要性を増していくだろう。ビジネス形態に対するインターネットの衝撃的な影響もそうした革命的なプロセスを促す大きな原動力である。リストラを実施するときの経営者の選択肢は多岐にわたるが、今後数年間に経営者が新しい企業価値を創出するうえで事業の再構築がさらに大きな役割を果たすことだけは間違いない。

■第1部 債権者の債権のリストラ

ここでは経営不振企業がどのように債務のリストラを行ったのかを検討する。企業が債権者に対して金融債務の返済を履行できないとき、いくつかの選択肢がある。そのなかからベストの選択肢を選んで実行しなければならない。もちろん、そのときに直面する法律、税務および会計上の問題は多岐にわたるだろう。株式時価総額に大きく影響するような選択肢の実行については大きな不安がつきまとう。経営者にとって債権者との交渉テクニックについても熟練が必要である。
 以下の5社の事例では、債務のリストラに関するさまざまなアプローチに焦点を当てた。企業が債務のリストラを進める場合には破産裁判所の下で行うほか、裁判所に頼らず独自に行うこともできる。いずれの選択肢をとろうとも、その結果はその企業がゴーイング・コンサーン(継続企業)として更生するか、または会社を清算してすべての資産を債権者に弁済するという二者択一の道しかない。米国の倒産企業には連邦破産法の第11条(会社更生)または第7条(会社清算)のいずれかが適用される。

経営者の挑戦

 会社更生を目指す企業の経営者にとっての大きな課題は、既存の債権を新しい債権と交換するために債権者をどのように説得するかということである。そうした交渉の焦点は、優先・劣後債権者がどの程度の価値を持つ新しい債権を受け入れるのか、そしてその新しい債権はどのような形態(現金、新規の社債・株式など)をとるべきなのか――ということに向けられるだろう。ただし債権者との交渉に先立って、経営者はどのような新しい資本構成になろうとも債務総額だけは増加させず、また今後の事業展望についても十分に考えなければならない。

 もし債権者の間で利害の調整がつかないと、その企業のリストラ策を実施するのは極めて難しくなる。一般に優先債権者は劣後債権者よりもその企業が存続するかどうかについての関心は低い。このため更生会社がどのようなものになるのか、更生計画で提示された新しい債権がどの程度の価値を持つのかなどについて、債権者の間で意見がまとまらないことも珍しくない。一方、企業の設立当初に資金を提供した債権者はいわゆる「ハゲタカ投資家」(経営難に陥った企業や倒産企業の債権を買い集めるプロの投資家)の介入には強く反発するだろう。これらプロの投資家はリストラ計画の推進については積極的な役割を果たすが、その目的は設立当初に資金を提供した投資家や金融機関の目的とはまったく異なる。そうしたハゲタカ投資家は額面価額をかなり下回る安値で債権を購入するため、通常の投資家に比べて低い回収率でも十分に採算に乗る。これらプロの投資家は銀行や取引先のように、更生後の会社と取引する気などまったくないのである(本書の第6章ではこうした債権市場について概説し、経営不振企業に投資するさまざまな戦略を検討する)。  債務のリストラにおける経営者の責任は、コーポレート・ガバナンス(企業統治)の問題が絡むとさらに複雑になる。もし企業が支払い不能に直面したとき、その経営者は株主と債権者のどちらを主として経営受託義務を履行すべきなのであろうか。この問題については明確な基準がないため、とりわけ危機的な状況下では経営者の決断力は大きく鈍ってしまうだろう。そして株主と債権者の利害の対立が深刻化すれば、企業再建におけるその代償は計り知れない。現在の米国では企業が支払い不能に陥った場合、その経営陣は裁判所の助言に基づいて株主と債権者双方の利害を考慮して、企業価値を最大限に高めるような行動をとるのが一般的な慣行になっている(ジョン・コーヒーによる「取締役の義務に対する裁判所の新しい考え方」[1992年3月のナショナル・ロー・ジャーナル紙])。しかし、経営不振企業の経営者がこのように行動することは実際にはそれほど簡単なことではない。アメリカ以外の国ではこうした場合の原則は極めて多岐にわたっている。例えば一部のアジア諸国の破産法では、債権者や株主の利益を多少犠牲にしても経営陣は自分の立場を守ることが認められている。  一方、企業が財務リストラ戦略を推進する場合、経営者はそれが会社の本来の事業にどのような影響を及ぼすのかについても十分に考慮する必要がある。連邦破産法第11条の下で債権者は法廷で経営陣の行動に異議を申し立てる権利を有するため、どうしても経営陣の決断のスピードは鈍りがちである。事業上の重要な問題については連邦破産判事の判断も仰がなければならない。連邦破産法によるこうした会社更生手続きでは、裁判所の外での自力再建に比べて専門家報酬もかなり高く、当該企業の経済的負担が極めて重くなるのが大きな難点である。

 しかし、連邦破産法第11条による会社更生手続きも一部の企業にとっては大きなメリットがある。連邦破産法の適用企業は不利なリースやライセンス契約、その他の未履行契約の履行を免除されることである。そうした企業は多くの債務について利息の支払いも免除される。その一方で、既存の債権者よりも「超優先権」を持つ新しい貸し手から安い金利の資金(いわゆる「DIPファイナンス」)を取り入れることもできる。連邦破産法に基づく更生計画案は債権者の全員一致がなくても承認され、資産の売却も簡単である。さらに何千件もの不良債権を1本にまとめることもできるため、大量の不良債権を効率的に処理することも可能となる。例えばアスベスト(石綿)被害者の集団訴訟に対して、連邦破産法第11条の保護を求めた企業もある(製紙用資材メーカーのジョンズ・マンビル、断熱材メーカーのセロテックス、グラスファイバー製品大手のオーエンス・コーニング、内装材大手のアームストロング・ワールド・インダストリーズなど)。

学問的研究

 企業倒産に関する学問的研究は、(1)倒産に伴うコーポレート・ガバナンス(企業統治)の変化、(2)倒産関連費用、(3)株価と長期的な業績に対する倒産の影響、(4)倒産からの脱出策――の4つの分野に集中している(ここの目的はそれらの文献を包括的に検討することではないため、以下のリストラ事例の分析に役立つ文献だけに言及した)。

倒産に伴うコーポレート・ガバナンスの変化

 各種の研究報告によれば、経営不振企業のコーポレート・ガバナンスは倒産によって大きく変化する。例えばスチュアート・ギルソン教授の報告によれば、連邦破産法第11条の申請企業のみならず、裁判所の外で債務のリストラを進める企業でも、経営陣や取締役の2/3以上が入れ替わる。こうした経営陣の大量入れ替えに伴って、普通株の保有構成も大きく変化する。同教授によれば、そうした企業を再建するため外部から送り込まれた新しいCEOはストックオプションやその他のインセンティブ(株価連動型報酬)で報酬の多くを受け取っている。

倒産関連費用

 各種の研究報告によれば、(専門家報酬や裁判所への申請手続き費用などを含む)連邦破産法第11条の適用関連の現金支出は平均して当該企業の資産の5%以下だった。しかし、こうした費用も中小企業にとってはかなり重い負担である。倒産による大きな事業上のロスは、これまでの多くの顧客や取引先が倒産企業とは取引したがらないことである。こうしたロスは法的手続きに伴う現金支出よりもはるかに大きいが、それらは倒産の結果というよりは原因に関係しているため金額的に測定するのはかなり難しい。こうした事業上のロスは平均して倒産前の株式時価総額の10〜25%にも達するといわれ、特に景気下降局面などにおいては多くの借入金を持つ企業は借り入れの少ない企業より大きな打撃を受ける。一方、裁判所の外で行われる自力再建の直接経費は連邦破産法第11条による法的再建よりもはるかに少ない。このため、多くの倒産企業はできることなら裁判所に頼らない自力再建を目指すのである。このほか最近では、連邦破産法第11条の「プレパッケージ(prepackage)」(事前に更生計画案を策定し、必要な債権者の同意を取り付けてから連邦破産法第11条を申請すること)によって会社更生を図ろうとする動きも見られる。その場合の経費は、通常の連邦破産法第11条の更生手続き費用と裁判所の外での自力再建費用の中間程度である。

株価と長期的な業績に対する倒産の影響

 企業が連邦破産法第11条(会社更生法)の適用を申請すると、(その企業が持つリスクとそのときの相場の動きによって異なるが)その普通株は平均して大幅に下落する。さらにそうした企業の倒産に先立つ5年間の株価の上昇率は市場平均よりもはるかに小さい。一方、各種の研究報告によれば、裁判所に頼らない自力再建で債務をリストラした企業の株価はその後、最初に支払い不能に陥ったときに比べて平均して40%以上も上昇する。これに対し、会社更生法の申請企業の株式は逆に平均して40%下落している。こうした株価の対照的な動きには、裁判所の外で進める自力再建のほうが連邦破産法による法的再建よりもかなり経費が安いという状況も反映しているようだ。このほか、会社更生法の適用を脱した企業でもその後の業績は業界平均よりもかなり低水準にとどまっている。会社更生法によって再建を果たした企業のほぼ4社に1社は再び破産裁判所のお世話になっているが、その原因は業績の悪化や多くの債務を抱えたままで再出発したためと見られる。

倒産からの脱出策

 経営不振企業がどのように再建を進めたかに関する各種の研究報告によれば、会社更生法の内外で進められた倒産企業の債務リストラ策では、「絶対優先の原則(Absolute Priority Rule)」からかなり大きく逸脱している。会社清算のときに適用されるこの原則とは、先順位の債権者がすべての債権を回収したあとでなければ、その他の債権者や株主はなんら受け取ることはできないというものである。つまり、この原則から逸脱するということは、たとえ当該企業が支払い不能に陥っていても、株主がいくばくかであれ精算金を回収するということを一般的に指す。こうした慣行はアメリカに特有のもので、これによって再建策が債権保有者の合意に基づいたものへと近づく。これに対し、経営難に陥った企業の法的処理では会社清算が一般的であるとか、または株主が再建計画案に対して一切投票権を持たないような国においては、こうした「絶対優先の原則」が厳密に順守される傾向が強い。アメリカではこのような柔軟な再建手続きによって、多くの大手上場会社は会社更生法の適用会社の半分の期間で、また裁判所の外で自力再建を図る企業と比べてもはるかに短い期間で会社再建に成功している。他方、裁判所に頼らずに自力再建を目指す企業について見ると、会社更生法の適用を受ける企業に比べて、銀行借り入れは多くてもその資本構成はそれほど複雑ではなく、またその事業の将来性も相対的に高い。一般に会社更生法の申請企業の債権保有者がどの程度回収できるのかは、企業価値について債権保有者間でどの程度意見の一致を図れるかにかかっている。

各社のリストラ事例

 以下では5社のリストラ事例について検討する。最初に検討するローウェン・グループは急成長した葬儀場のコンソリデーター(業界を整理統合する企業)だったが、大手ライバル企業から敵対的買収を仕掛けられたため、それに対抗するため巨額の借り入れを余儀なくされた。裁判所から不利な判決を言い渡されたあと、景気下降の影響を受けて倒産の危機に直面した。このため同社の経営陣は自社にとってベストの再建策を模索した。カナダに本社があり、事業の80%を米国で展開する同社にとってその決断は複雑だった。もし倒産という事態になれば、両国の連邦破産法に基づくさまざまな、時に相反する諸々の要件を調整しなければならない。  次に検討するナショナル・コンビニエンス・ストアーズは、南西部でコンビニとガソリンスタンドのチェーン店を兼営する大手企業だったが、湾岸戦争と景気後退の影響を受けて経営不振に陥り、連邦破産法第11条の適用を申請した。同社の経営陣も銀行、保険会社、社債保有者および取引先などを含む債権保有者に満足のいく更生計画を模索した。同社の場合、大量の社債を取得したハゲタカ投資家の介入で事態は紛糾した。さらに経営陣が提案した更生計画案のなかで、ストックオプションによって15%の株式の取得を要求したことも事態をさらに複雑にした。
 二度にわたって連邦破産法第11条(会社更生法)のお世話になったのがコンチネンタル航空である(最初に会社更生法を申請した1983年9月のときは労組との労働協約がまとまらなかったため)。2回目に会社更生法の適用を申請した1992年には、米国の航空業界は前代未聞の不況に直面し、航空会社のほぼ1/3が会社更生法の適用を受けていた。会社更生法下の2年目に、航空会社4社を含む5つの投資家グループがコンチネンタル航空の過半数の株式を取得しようとした。これらのグループは同航空の買収をめぐって激しい競争を展開した。しかし、同航空の経営陣は財務面以外のさまざまな要因も考慮し、その決断は複雑を極めた。しかも歴史の古いコンチネンタル航空は、向こう数年間に数十億ドルを投入して大半の旅客機を買い替えなければならなかった。  デニーズやハーディーズなどの中低価格のレストランチェーンを展開する持ち株会社のフラッグスター・カンパニーズはレバレッジド・バイアウト(LBO)によって設立されたが、その後に筆頭株主となったコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)によって資本変更された。同社は会社更生法の「プレパッケージ」を行うことで、債務のリストラを図ったケースである。早めに会社更生法の適用を受けることで、従来のような裁判所の外での処理よりも効率的に上場債務のリストラを進めようというものである。しかし、優先債権者と劣後債権者の間で企業の価値評価額について意見がまとまらず、再建計画は危機に瀕した。両者はプロの投資銀行を介して、裁判所に提出する債権の評価資料を作成した。
 最後の事例は、タイの新しい破産法の下で再建を図ろうとする半導体メーカーのアルファテック・エレクトロニクスである。多額のドル建て債務を抱えていた同社は、アジア通貨危機に伴う1998年のバーツ切り下げでリストラに追い込まれた。また同社の監査役によれば、同社の財務諸表には多くの虚偽の記載があった。従来のタイの破産法では債権者が倒産企業の担保物件を差し押さえたり、または経営陣の入れ替えを求めたりすることはほとんど不可能だった。そうした企業でも数年間は破産状態のなかで保護されていたのである。これに対し、新しい破産法には米国の連邦破産法第11条に類似する条項が盛り込まれていた。しかし、会社再建をめぐる同社の交渉も、債権者の数が多かったこと、内外金融債権者の利害の対立、不正会計に伴う同社への不信感の高まり――などから困難を極めた。
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