ワイコフの相場大学 目次

空売りの原理を明らかにする

 株の経験の浅い人は大部分が空売りについて正確に理解していない。その見方は歪んでおり、間違っている。
 空売りのことはいっさい考えない人がいる。空売りを考えると怖くなると言う人もいる。また、空売りは何となくフェアでなく、不正だとさえ信じる人もいる。これらの奇妙な態度は、間違いなく、情報不足や完全な偏見や勉強不足から生まれたものである。  人々は利益が上げられそうだと思うと、株を買いたいという衝動にごくあっさり従ってしまう。一方、空売りの宣伝をしても客は乗ってこないというのは、ブローカーやアドバイス業者の間の常識である。
 最近、ある有望なトレーダーがこんなことを言った。「私は空売りで儲けようとは思わないので、強気トレンドが続かないかぎり、どうしても相場にいる時間が半分になってしまいます。私が空売りをするのは、ひどく相場が下落しそうなときに、買い持ちしている株の利益を確保しようとするときだけです」。たぶん彼にとって、損が出ているときに売ることなど思いも及ばないことだろう。
 私たちは彼にこう聞いた。「空売りに対して、どうしてそんなに大きな偏見を持っているんだい? 世間で重要なビジネスを行うときは、たいてい最初は空売りから始めるということを知らないのかい?」
 「いいえ、知りませんでした。少し説明してくれませんか」
 「君が雑誌の予約購読を申し込んだとする。申込みを受けた出版社は、まだ存在していない12回分の月刊誌を売ることに同意したことになる。出版社は、記事を集め、紙とインキを購入し、印刷代と郵送費を払って、雑誌を君に届ける義務がある。1年分の予約の最後の号を届け終わるまで、出版社はその雑誌を空売りしていることになるんだ」
 「ほかにも例がありますか」
 「デパートの仕入係が、次の季節の需要を満たすために、今から数カ月後にある種の生地が5000反必要になると判断したとしよう。彼はデザインや品質や量を決め、価格や引渡し条件について織物会社と契約を交わす。注文を請け負った織物会社はその生地を空売りしたことになる。会社の倉庫にはまだ原材料すらない。綿花はまだ大地から収穫されておらず、羊は背中に毛糸を背負って走り回っている。その製造業者は生地を買い手に引き渡すまでは、空で売っていることになるのさ。
 「空売りのことがやっと少し分かってきました。ほかにはどんな例がありますか」  「建設中の発電所を見たことはないかい? 発電所を建設している会社がゼネラルエレクトリック社かウェスティングハウス社からモーターなどの設備の空売りを受けていることは確実だよ。コイルの製造や配線に使われる予定の銅は、まだ精錬中かもしれないし、地面の下に埋まっているということだってあり得る。確かにこの取引では大電気会社の側が空売りをしているのだ」
 「やっと飲み込めました。ほとんどのビジネス分野でたえず行われている本当に重要な空売りに比べらたら、将来引き渡すという約束で少しの株を売るのは、子供の遊びも同然ですね。あなたのおかげで偏見なしに見られるようになりました。でも、空売りでは、狙いがはずれると、どこまでも値上がりしそうで、リスクがとてつもなく大きいような感じがずっとしているのですが」
 「そうした不安も取り除くことができるのだが、その前に説明しておきたいことがある。ここ1、2年、空売りの取引は大きな議論を巻き起こしてきた。相場が激しく下げるなかで、株を買って損した者たちは、当然のことながら、値下がりをあくどい弱気派のせいにして責めたてた。しかし、空売りに関するニューヨーク証券取引所の報告によれば、買い勢力と比較したら売り勢力はちっぽけなもので、株価の下落は買い手側の持株処分による
ものだそうだ。人々は、本業ではたえず空売りをしているくせに、株を空売りする者に対しては悪口を浴びせかける。ウォール街にやって来ると、だれもが売る前に買わなくてはいけないなどと主張する。買う前に売る者は、相場を痛めつけて、ほかの人が所有する株に損害を与えるなどと言う。空売りをした者は将来の買い手になるわけだし、いずれ買戻しをしなくてはならないということは、ある種の相場の支え役になるのだが、このことで売り手を褒めるようなことは絶対にない。
 ここで君の言ったリスクの話に戻ることにしよう。売りのリスクが買いのリスクよりも大きいということはけっしてない。というより、私の経験では、買いで損する金額のほうが大きいのだ。空売りの場合には、売ったものはすぐ怖くなって買い戻してしまう。だが、買いの場合、特に現物で買っているときには、あるイギリスの婦人が言ったように、『来る年も、来る年も、来る年も』ただ持ち続けるという傾向が強くなる。買い手側の損は平均的にみて、売り手側の10倍ほどにものぼるであろう。
 いずれにしても、トレードを行った直後にリスクを限定しておくことは、どんな場合でも大事である。その方法を正しく身につけないかぎり、トレーダーとして十分な能力が備わっているとは言えないのだよ」

ウォール街でお金を失う方法

 �機ス發�買って安く売る

 お金を失うというウォール街はやりのゲームで、一番簡単にできる方法のひとつは、高く買って安く売ることだ。大半の人にとってこれは第二の天性になっている。だが、もしあなたが珍しくもその例外だというのなら、証券会社の株価掲示板の前に陣取っている常連客をひとり選んで観察してみるとよい。そうすればすぐに納得がいく。  ちょうど今あなたの隣にメガネをかけたジョーンズ氏がいる。かなりの物知りのように見うけられるので、あなたはおずおずとこの相場をどう思うか聞いてみることにする。メガネの縁から横目で馬鹿にするようにながめ回したあと、彼はもったいぶってこう答える。「私は連中がどうするか見ようとジッ待ってるんだ」。そこであなたも待つことにする。
 2時半ごろ突然相場が動き出す。ティッカーがアメリカン缶株の値動きを大量に吐き出している。とてつもない出来高だ。ジョーンズは「缶株を97 3/4ドルで5000株買うんだ」と叫ぶ。そして、注文窓口へと駆け出した。
 席に戻ったところで、だれかに折りたたんだ紙切れを手渡される。ジョ−ンズはそれをちらっと見たあとで電気掲示板に目をやると、明るい画面に「アメリカン缶、98 1/2、2000株」という表示が静かに流れている。ジョーンズの顔も明るくなる。紙切れを見せてくれる。そこには「缶株、98ドルで100株出来」と書いてある。彼が言うには、「ティッカーでの動きが気に入ったんだ。これでもうコスト分は出てるよ」。
 その10分後、だれか先の読めないトレーダーが、その日のかなりの値上がりで得た利益を確定したらしかった。缶株は97 3/8ドルで引けた。
 次の日、缶株は97 3/8ドルで寄り付いたあと、95ドルにだれた。ジョーンズは心配そうだった。「ティッカーテープの様子が変だ」。こうつぶやくと、窓口に駆けつけて、成り行きの売り注文を出す。その100株は94 3/4ドルで売れた。これがその日の安値だった。株価が少しずつ戻し始めると、ジョーンズはまた飛び込みたくてウズウズしてくる。大引けの5分前にはとうとう我慢できなくなる。結局、缶株を97 1/4ドルで買いなおすが、これがほぼその日の高値だった。
 「そもそも売ったのが馬鹿だった。この次はそう簡単にビビらないぞ」と言い訳を言う。
 確かにビビらなかった。ジョーンズは缶株をその翌々日まで持ち越して89ドルで処分したようだった。というのも、その日の2時50分ごろ、注文窓口から戻りながら彼は「またやられた」などとブツブツ言っていたのだが、そのころの株価が89ドルだったからだ。  「高く買って安く売る」という言い回しには子守唄のような響きが感じられるかもしれない。だが、これは、ジョーンズの資金のお葬式に葬送歌として歌われたのだった。  もちろん、その方向を逆にして、安く買って高く売るための方法が存在する。しかし、ジョーンズ氏のような人たちは、人の教えに耳を傾けようとしないので、どうしたって損をするというつらい結果になってしまうのである。
 無知だからこそ幸福でいられる場合があるのはたしかだが、そのツケは高くつく。

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 ある日の夕方、ニューヨークを出発した汽車で同席になった男がいた。別に顔見知りではなかったが、私がその日の株価を調べていた新聞を肩越しにのぞいた、ということで会話を始める資格ができたと思ったようだった。
 「株をやってるのですか」と男は切り出してきた。そして、返事も待たずにこう言った。「最近は悪いですね。ワシントンから予想もできないニュースが飛び出したりして。私もたびたび罠にはまったものですが、もうそれも終わりです。教訓を学んだのです」  私は新聞を脇に置いた。「どんな教訓ですか」
 「こんな具合だったのです。1月初めのことでしたが、ある日、月次取引報告書の束を調べていて、突然気づいたことがありました。前の年に損をした取引を見てみると、十分長いこと持ってさえいれば、ほとんが最後には利益が得られたはずだったんです。私は自分にこう言い聞かせました。『いいかジム、今から新規まき直しだ。これからは、株で見込み違いがあっても、株価が戻って利益が出るまでジッと持ち続けるんだぞ』。その日以降、損して売らないというのが私の信念になっています」
 「そう決めたのはいつのことですか」と私は聞いた。
 「1929年の1月1日でした」
 「で、結果はどうですか。うまくいってますか」
 「それが、今のところは良くありません。1929年の秋に何株か高値で買ってしまいましてね。それは持ち続けました。そして、下げの途中でナンピンで買い増しました。ずっとその追証を払い続けてきたのですが、昨年の秋には全部現引きしました。今のところ平均して時価より50ポイントほど下にいるのですが、相場が上げ続けてくれれば、1、2年ほどで利益が手にできるしょう」
 「つまり、ここ4年ほど損をしてるということですね」
 男は気にさわった様子で食ってかかってきた。「それは違います。それは計算だけの損にすぎません。現実には損を出してないのです」
 「私の知り合いの話ですが、彼は今回の急落の直前まで損を抱えていました。でも、そのときただちに3ポイントの損を確定して、空売りに回ったのです。そして30ポイントの利益を手にしました」
 「ちょっと失礼」と男は出し抜けに言った。「ちょうど降りる駅なんです」

 �掘ネ�が乗ったらすぐに確定する

 この次にその男と会ったときも、彼の株が平均購入価格に届いていることはまずないであろう。それがミドルウェスト公共事業株のたぐいだったとすれば、もちろん絶対に回復することはない。しかし、もし株価が戻ったとした場合でも、とにかく1ポイントでも利が乗れば、彼がそれを売ってしまうことは賭けてもよい。そして、賢しげにこんなことを言って自己弁護をするに違いない。
 「利益さえ手にしていれば貧しくなることはないからね」
 もし救貧院から抜け出すために、5、6年かけて1ポイントの利益を上げようというのなら、通りでリンゴを売ったほうがずっと良い。資金がうんと少なくてすむのだから。

株式相場についてのアドバイス

 株式相場の参加者は株式ゲームを行うとき、たいてい互いに聞き合って、秘密情報や嘘やうわさや勘や意見をやり取りしているが、これは、最後にはふところを痛める病気の病原菌をばらまき合っているようなものだ。こんな行動は、本業での仕事ぶりとはまるで正反対のものである。  他人のアドバイスに頼りきってしまうというのは、大衆によくある欠点である。ちょっと考えてみてほしいのだが、サタデー・イブニング・ポスト紙の発行者が、雑誌の出版方針について、ほかの発行者から意見やアドバイスや教示をもらおうとしたり、買ったりすることがあるだろうか。あるいは、毛織物製造業者が、どんな原材料が最高かとか、来週や来月どんな製品が一番の売れ筋になりそうなのかとかについて、競争相手にアドバイスを求めることがあるだろうか。ウォール街の習慣になっているアドバイスのやり取りは、ほかの業界ならとても考えられないことである。男性用下着の専門家と自認する者が次のような広告を出したりするだろうか。

 私たちは、これから10日の間に男性用下着市場がどうなるかについて、ホットな最新情報をもっています。一流の解剖学者から得たひそかな情報によれば、今市場に出回っているある新食品を食べると、人間の体つきが変わるので、男性用下着のある部分のデザイン変更がどうしても必要になります。私たちはアドバイス・サービス行っております。製造業者の方で、前払いで100ドル払ってサービスを希望する人には、ただちにその情報をお知らせします。男性用下着の売れ行きが爆発的に増えることは確実です。しかし、正しい形とサイズを知らなければ、市場の分け前にあずかることはできません。  追記。もしお訪ねのときに事務所が留守でしたら、ドアのすき間からお金を投げ入れておいてください。

 また、ある分野の製造業者がアドバイス・サービスをひとつだけ利用するのではなく、「状況を全部知るために」複数のサービスを受けようとしたら、どんなことになるだろうか。互いに食い違うアドバイスや見方や予測を受け取って、そのすべてを活かそうと思ったら、どんな精神状態になるだろうか。例えば、これから売れ行きのピークが来ることを示す販売動向チャートを示す者がいる一方で、それ同じくらい自信たっぷりに、売れ行きが下り坂だと断言する者がいたとすれば、どっちに従ったらいいか気が変になってしまうだろう。そうしたチャートは、座標軸をずらして見れば、解釈が変わることもあるものだと説明したところで、製造業者の心はすっきりしないだろう。というのも、結局のところ、彼の知りたいのは、どんな材料で何を作ったらよく売れるのか、ということだけだからだ。自分のビジネスの才覚を生かそうともしないで、山ほども雇い入れた「専門家」に任せきりにしたら、最後には危険だと警告するために、保安官がやってくる事態になってしまう。
 アメリカ人は聡明だと言われている。たしかに多くの場合はそうだろう。だが、話が株式投機のことになると、状況が一変する。ウォール街では普通と違う常識が働くと信じているのだ。とはいっても、相場であまりに何度もひどい目にあったので、さすがに皆その原因に気がつき始めている。相場での冒険で成果を上げようと思ったら、一定のルールや決まりや条件に従って投機を行う必要があると察し始めている。また、5万ドルを元手にちょっと楽しむつもりでウォール街にやって来る者は、すぐすっからかんになってしまうものだと分かり始めている。一方、本気で学ぶつもりで、なんとか100ドルをかき集めてきた者がいて、相場の歯車を回転させる力の正体を知り、指を切断しないようにうまく機械を動かす方法をつかんでおくべきだと最初から自覚しているならば、かなり成功の見込みが高いことが、次第に明らかになりつつある。
 株式相場のプレーヤーは、賢くトレードする方法を多少とも身につけておくべきである。また、買い手の側だけでなく、売り手の側でも同じ程度に不自由なく取引できるようにしておくべきである。また、群衆心理に流されたり、相場操縦家の仕掛けに引っかかったりしないようすべきである。これらのことができるようになれば、株式相場はどんなに楽しく有益なゲームになることだろう。そうした訓練を積んだ大衆が、1929年に天井を付けた強気相場に参加していたとすれば、あれほど突拍子もない高値は付かなかったはずである。なぜなら2つの陣営があって、一方が上げようとすれば、もう一方は下げようとしたはずだからである。対立する弱気派のせいで、上昇の幅はそれほど無茶なものにはならなかったであろう。すべての人にとって、稼いだ利益を失わずにすむチャンスがもっと大きなものになっていたであろう。ウォール街が本当に必要としているのは、そうしたタイプの投機を行う大衆である。そうした取引が増えることによって、わが国の経済が害を受けるはずがなく、むしろいっそう促進される。大衆も、株式相場で全財産を失うようなことはなくなるだろう。投資トラストのところに行って、こんなふうに言うこともなくなるに違いない。「ここに皆の資金が50億ドルあるから、代わりに投資してほしい。少し自分用に使ってもかまわないよ。損はさせない。全部私たちがかぶるから」
 ところで、この7月には、1933年版「強気相場」が進行中であった。おなじみの投機将軍がその軍勢を丘に登らせつつあった。だれもが数カ月前よりも儲かっていた。ブローカーの口座にある有価証券は増えつつあった。縛りの消えた委託保証金を使って新たな売買ができるようになった。債券は別にして、ニューヨーク証券取引所に上場された株式だけで、時価総額は何十億ドルも増加した。
 この強気相場のなかで、おそらく大半の大衆投資家が自分にこう言い聞かせていたはずだ。「今度こそ失敗しないようにするぞ。十分に利が乗るところまで行ったら、ちゃんと売って、儲けはしまっておくんだ」。ところが、その上昇のあとの結果を見ると、やはり前と変わらなかった。これまでどおり、7月の天井でたっぷり株を仕込んでしまったのだ。頭でっかちのピラミッドはいつだって、よろけて転ぶしかない。
 お金があってもビジネスの知識を持たない者は、株式相場に近寄るべきではない、ということを大衆が悟るまでは、こんなことがいつまでも果てしなく続くことになる。

 私たちは物事を、願望の目で曇らせないで、あるがままに見るべきである。

一財産築いた小柄な仕立屋

 彼は、初めて会ったときの印象では、干からびた感じの小柄なユダヤ人の仕立屋だった。ときどきトレーダールームに姿を見せたが、だれともほとんど口をきかなかった。現れるのはきまって、相場が大きく反落したときか、急騰したときだった。数日は熱心に株価表示板を見つめているのだが、またいなくなって、次の時期が来るまで現れることがなかった。
 この小柄な男を何年も知っているトレーダーによれば、彼には相当の財産があった――その全部が株で稼いだものだった。株の利益を不動産につぎ込んで、今では、ブルックリンにある自分の小さな店の近くに、半ブロック分の家屋を所有していた。株式トレードで財をなした人物のイメージに、彼ほどそぐわない者はいなかった。
 彼のトレードの話を聞いたが、それはユニークなものだった。彼は何年も前(1904年だと思われる)、まだスチール普通株が安かったころ、9.50ドルで200株買い付けた。最終的にその株は彼の名義になった。その時点で買付代金を全額支払ったのかどうかははっきりしない。彼に会ったおりに、その株券の1枚を見せてもらったことがある。それはひどく擦り切れており、裂け目が何カ所か透明テープで補修してあった。
 彼のトレード法は単純だった。反落の時が熟したと判断すると、その古い株券をブローカーのところに持ち込み、窓口係に差し出して預けるのだった。そして、200株のスチール株を、たいていは成り行きで空売りして、あとは、あらかじめ決めたある価格に下がるまで、我慢強く待ち続けるのである。自分なりに頃合いまで来たと判断すると、200株を買い戻してポジションを閉じる。ブローカーは、だいたいは1000ドルほどになる小切手を付けて、古い株券を返す。それを持って自分の店に帰り、同じような機会がまた訪れるのを待つのである。
 その後にやってくる上昇のときも、同じようなことが繰り返された。売買はきまって200株ちょうどだった。そう多くないが時には、空売りのあとで急に値上がりして、計画が狂うこともあった。だが、彼はじっと待って、損することなく株券を取り戻すのだった。

 私が最初にこの老トレーダーに会ったとき、USスチール株は100ドルを超えていた。彼流のトレードを行う機会はふんだんにあったが、自分の決めた価格に上がったり下がったりしないかぎり、食指を動かすようなことはまったくなかった。  こうして彼はゆっくりと、安全に、用心深く富を築いていった。その方法は、彼の性格と気質にピッタリと合っており、私から見ても、それをさらに改良することなど思いも及ばなかった。
 ごく最近、この老ユダヤ人トレーダーと、彼の色あせたUSスチールの株券について聞いてみたところ、まだその株券を持っているとのことだった。行きつけの場所に姿を見せることもあるが、その回数は以前ほどではないそうだ。今はもうかなりの年になっているはずである――たぶん90歳を超えているのではなかろうか。

E・T・C

他人の損で儲ける者はいない

 「株式トレードで一般大衆が損をしたとき、だれが儲けているか」とワシントンの政治家に聞いたとする。十中八九、相場を不正操作する金持ちインサイダーの小グループだ、という答えが返ってくるだろう。だが、それは、トレードをギャンブルと混同したまったくの誤りである。それでも、この誤解は広く行きわたっており、ウォール街に対する昨今の偏見の多くもそこから生じている。
 説明を分かりやすくするため、質問をもっと直接的な形にしてみよう。「ひとりが損をするとだれが儲けるか」。正解は、だれもいない、である。
 これを証明するために、今あなたが1万ドルの現金を持っており、私が現在100ドルするXYZ株を100株保有しているとしよう。
 2人とも1万ドルの資産を持っているのであるが、違うのは、私の資産が現金と等価な有価証券だという点ある。
 ところで、今あなたがわたしの株全部を1株100ドルで買ったとする。この取引の直後にはまだ2人とも100ドルの資産を持っている。今度は私の資産が現金で、あなたのが株式となった。
 しばらくして、あなたの保有する株が50ドルに値下がりしたとする。1株当たり50ドルだから、株全体では5000ドルという額になる。資産が5000ドルに縮小してしてしまったのだ。一方、私はまだ1万ドルの現金を保有している。
 最後の仮定だが、あなたの株を私が1株当たり50ドルで買い戻したとする。この取引の直後には、あなたには5000ドルの現金があるが、株はもうない。明らかに5000ドルの損である。私には現金が5000ドルと株が5000ドル分ある。これは最初の資産額と変わらない。

 以上のことから分かるように、あなたは株の(下手くそな)トレードで5000ドルの損を出したが、私は1セントも儲けたり損したりしていない。
 では、あなたの損した5000ドルはいったいどこに消えてしまったのか。この謎は、損失が生じたのは、あなたが株式を保有していた時期だということ――買った時点でも、売った時点でもないということ――に思いいたれば解けるだろう。それは純粋な保有損だったのだ。手のなかにある資産が目減りしたわけであるが、それは「計算上の損は現実の損」という格言のひとつの現れということができる。
 一方、私のほうは、賢くというか運よくというか、値下がりの前に株を処分することができた。おかげで損はしないですんだ。だが、高い値段で売って安く買い戻したといってもそれで何かを得たというわけでもない。
 不動産の例で考えてみれば、先入見で目が曇らされることもなく、真実がいっそう見やすくなるだろう。例えば土地と家屋を時価どおりの1万ドルの価格で買ったとする。そして、何年かのうちに付近の不動産価格が値下がりして、自分の家も今では5000ドルの価値しかないことになったとしよう。この場合、5000ドルの損が出たことになるのであるが、その分、いったいだれが得したのであろうか。だれもいない。こんなことは政治家にだって分かるだろう。
 相場が値下がりすれば、株を持っていた者は皆損をする。その損で得をする者はひとりもいない。逆に値上がりすれば、株を持っている者は皆得をする。その得で損をする者はひとりもいない。

トレーダーにとって今が楽園

 今よく耳にするぼやきのなかで、たぶん一番多いのは、相場がのろくて、不活発で、小動きなので、利幅がとれないといったものである。議会の干渉に先立つ4カ月の間、こうした嘆きがどこに行っても聞かれた。トレーダーはティッカーとテープを前にして、ブラブラと無駄に時間をすごし、たいていだれもが相場の動きを見ながら、口を揃えて「やることがないね」などと言っていた。そして、相場が動かないのは、トレーダーの行動を規制しようとしているせいだとか、プールの運用を厳しく制限しようとしているせいだとか、大統領が相場の安定を図るとはっきり言わないせいだとかと、話のきりがなかった。
 そうしたぼやきを口にする人たちは、ちょっとそれをやめて、相場は常に不安材料に取り巻かれているものだということ考えてみたことがあるのだろうか。相場には毎日のバランスシートがあって、そこには好材料と悪材料の両方が並んでいるのだ。もしそうでなければ、株価はひとつの方向にしか動かないことになってしまう。すべてが順風満帆にいったとしたら、理屈上はどこまでも強気相場が続くことになる。一方、すべてが永遠に暗く絶望的だったとしたら、株というものが市場からすっかり消えてしまうであろう。  しかし、相場に不安定な条件がたくさんあれば、それだけたくさんのチャンスの印がティッカーテープ上に現れることになる。それだけしっかりトレーダーの能力が試されることになる。それだけ大きな儲けの機会が見つけられることになる。
 日々の小さな価格変動を分析することは、科学的トレードにとって欠くことのできない作業であるが、その結果によれば、相場が1日に6〜12回の反転を繰り返す日が数多くある。相場の動きに敏感な指数を見れば、主力株がたえずうねるような変動パターンを描いていることが分かる。そして、主力株のそうしたパターンは、ほとんどすべての上場株にある程度見られるものである。
 そうした分析を細かくやってみると、毎日の5時間の立ち会いのなかで、相場が動くポイント数は相当な大きさになることが分かる。株価はいつも1日中、上下に揺れている。その周期は時には10分のこともあり、時には2時間のこともあるが、平均すればだいたい30分である。目端のきくトレーダーにとっては、この変動のなかに儲けのチャンスがいっぱい転がっている。
 相場の動きが鈍いように見えるのも、物を見るときの距離の問題にすぎない。8キロ離れた高みから海を見るときには、うねっている大波も見分けることができない。海面は静かなように見える。だが、海岸まで降りて行けば、大波も小波も区別することができるのだ。
 株式相場もこれと同じことである。状況が不安定なとき、株価は、ほとんど毎日、1日中活発に上下の動きを繰り返している。そうした時こそ、相場がトレーダーにとって真の楽園となる。
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