「ソロスの錬金術」における金融市場の捉えかた

枢機卿  

はじめに
ソロスの考えは、本人によると金融市場全般だけでなく、歴史や社会の動きにも適応できるとのことですがとりあえず株価の変動にしぼってかくことにしました。
なおソロスの考えを述べた後、彼の考えを理解するのに必要と思われる付録と参考文献をつけました


ソロスの著書「ソロスの錬金術」とは、挑発的な題名である。彼は「科学」の対義語してこの言葉を用いている。しかし、時代錯誤な発想を揶揄するためにしばしば使われるこの言葉に、積極的な意味をあたえている。天体の運行のように、我々人間にはどうにもできない法則がある。これを見出すのが「科学」である。従って、科学は客観的である。

一方、我々の働きかけによって性質を変えられる対象がある。この手法を組織化したものが「錬金術」である。ソロスによれば、自然を対象にした場合、科学が成功をおさめ錬金術は失敗に帰した。しかし社会を対象にした場合に事態は逆になるというのだ。

これをまとめると
われわれの働きかけによって変形できない対象 → 自然科学 → 科学的方法
われわれの働きかけによって変形可能な対象 → 社会科学 → 錬金術
となる。

観測者(科学者)自身が観測対象のなかにいる場合、観測者の行動が観測対象そのものを変化させてしまう。もともと量子力学で問題となっていたこの事態は、金融市場の世界でもあたりまえのことである。客観的な判断のつもりで発表したデータが、価格に反響する。ある理論が市場参加者のコンセンサスになっているがゆえに、その理論どうりの事態が成立する。投資家の行動そのものが相場を動かしてしまう。





そしてさらに、哲学者を目指した若き日のソロスが影響を受けた科学哲学者
K・ポッパーの「可謬性の問題」から、
「人間のあらゆる認識は基本的に間違っているか、歪んでいる」
という視点より、商品は均一で、取り引き・輸送コストが低く、情報の偏りもすくない。そして通常は個人の行動が価格に影響を与えないほど十分に多くの市場参加者がいる完全競争市場に近いにもかかわらず、金融市場における需要と供給の均衡点に収斂せず、ほとんど常に間違い続けると考える。
この考えは、市場は利用可能な情報をほとんど使い、実際の価値をほぼ市場の価格に織り込んでいるという効率的市場仮説を否定する考えである。
特に市場参加者の合理性を前提とするこの仮説に対し、ソロスの
「認識は基本的に間違っている」
という考えは、科学哲学や認知心理学の観点から正しいと考えられる。

さらに問題なのは、参加者は事象に対し認識のバイアスをもち行動するだけでなく、参加者のバイアスそのものが事象の展開にも影響を及ぼす。
認識は事象に依存し、事象は認識に依存する。



この事から市場は将来の動きを正確に反映するという印象を与えるのだろうが、実際には将来の事象に対応しているのは現在の予想ではなく、現在の予想によって形作られる未来の事象なのである。
市場が正しいという考えに対して、彼の考えはをまとめると
1 市場はいつもある方向にバイアスしている。
2 市場の現在の状況は市場の将来の展開に影響を与える。

しかし、多数いる市場の参加者は個々のバイアスを持っている。
そのとき、個々のバイアスを相殺し、全体としては市場の雰囲気を決定するような
「支配的バイアス」が残る。

では、「支配的バイアス」を形成するもとになるものとして「潜在的トレンド」がある。この「潜在的トレンド」を市場参加者がどのように受け取るかによって株価の動きが変わってくる。

したがって、株価の変動は「潜在的トレンド」と「支配的バイアス」の2つの相互作用によって起こるのである。

さらには、「潜在的トレンド」と「支配的バイアス」によって引き起こされた株価の変動は、参加者のバイアスと潜在トレンドの両方に影響を与える。
しかし、

これらの現象がソロスのいう「再帰」である。これは永遠に完結することのないプロセスである。ここには収束すべき均衡など存在しないと考える。



企業の収益を決定する基調トレンドを認識した投資家が投資行動を起こし、それにより株価が上昇することによって、また新たな市場認識が創出されていくプロセスを経て株価は自己強化的に上昇する。



(注意点)
このモデルは再帰現象がおきた場合のモデルであり、おきない場合は、2でプロセスは終了する。

ブームとバースト

言葉の定義
「自己強化トレンド」 株価が潜在トレンドを強化する
「自己修正トレンド」 株価が潜在トレンドを弱くする
「肯定的トレンド」 参加者が認識すると株価を上昇させる
「否定的トレンド」 参加者が認識すると株価を下降させる
「肯定的バイアス」 株価を上昇させるバイアス
「否定的バイアス」 株価を下降させるバイアス

ブームとバーストの単純モデル
(初期設定)
潜在的トレンドが参加者に認識されていない。
支配的バイアスは否定的

1参加者が肯定的トレンドを認識
2認識の変化が否定的バイアスを肯定的バイアスに変化させ、さらに株価上昇
3株価は潜在トレンドに影響を与える YES4へ NOおわり
4自己強化のプロセスが開始される
5強化された肯定的トレンドが肯定的バイアスに与える影響は
肯定的バイアスの修正を期待させる6へ
肯定的バイアスの強化を期待させる7へ
6 肯定的バイアスが修正された場合は株価がいったん修正された後も肯定的トレド
が持続するかは不明
7 肯定的バイアスが強化され株価をさらに上げる。
8 潜在的トレンドをさらに肯定的にする自己強化トレンドがおこる。
9 やがて、株価の上昇が市場の期待にこたえられなくなり、期待の修正が始まる
10このとき期待は株価に否定的な影響を与える。
11株価の下落が潜在的トレンドを肯定的トレンドから否定的トレンドに変化する
12否定的トレンドが下落期待を引き起こす
13下落期待から株価が下落する。
14この結果、いままでの自己強化プロセスはまったく逆方向に向かい株価は落ちる
ところまで落ちる(バースト)



経済学へのソロスからの疑問
1 まず市場参加者の合理性の仮定(市場参加者の認識バイアスが考えられてない)
2 需要・供給曲線の形は参加者の予定をあらかじめ組み込んでおり、所与としてい
るのだが、市場参加者の予定は市場で起こったことに影響されるので曲線の形に
影響 を及ぼすはずである。そして、曲線の形が市場の影響を受けるならば価格の
は一意的に決まらなくなり、価格は絶えず変動をする(現にそうである)。
3 金融市場では参加者一人一人では価格を影響することはできないが、支配的バイ
アスによって群集化した参加者達は価格への影響力を持つ。



付録1
サイバネティクス

ウィナーのネガティブフィードバック
ウィナーのサイバネティクス理論の中心概念はフィードバックといい制御工学の概念で結果の情報を制御中枢に伝達しそれを利用してコントロールしようとする原理である。

1「抑圧的、負性」=「ネガティブ・フィドバック」
ネガティブ・フィードバックを冷蔵庫の例で説明すれば、
「5度の温度に維持されるように設定された冷蔵庫が6度になったとき、6度という情報をえて、制御中枢が5度になるように調整する」
ようなものである。これは、経済学における均衡の理論と極めて類似している。


2「予報的フィードバック」
未来の状況を予測しそれに適合するように調整する。



抽象モデル
(主体)舵を取る人
(客体)船
(環境)風や波



丸山孫郎のポジティブフィードバック
ネガティブフィードバックが初期条件からの逸脱修正的なのに対してポジティブフィードバックは逸脱増幅的といえる。
たとえば、広い平原でどの部分に都市が成長するかは偶然が決定する。
平原を均質と仮定すると、開拓者はどの場所にすむことが出来る。しかし一度一人がある場所に住み出すとその場所から都市が発展し平原は不均質になる。この場合の都市の成長の開始は初期条件に影響されるネガティブ・フィードバックなどでなく、偶然であるい逸脱増幅的なポジティブ・フィードバックになる。
このように、初期条件でなく偶然の結果として自己組織化現象が始まるとするならば
「同じ条件が異なる結果を生む可能性がある」ということである。


おきあがりこぼしモデル
ネガティブフィードバック型
おきあがりこぼしが立っている時、重心が下にあるので平均的な位置としては外部から刺激を受けても振動しながら元の状態に戻り位置は移動しない。
ポジティブフィードバック型
おきががりこぼしが倒れている時、重心は安定するために役立たずにわずかの刺激によって元の位置から移動してしまう。













付録2
認識のバイアス

ヒューリステック
人間は膨大な情報を総合的に判断するためにシンプルなルールで情報を処理するがシンプルであるがゆえに特有の失敗に陥りやすい。
1代表性
少数の例を見て全体の判断をする。
2アクセス容易性
想起しやすいものほど起こる確率が高いと判断する。
3シュミレーション
頭の中で描くシナリオがもっともらしいほど可能性が高いと考えるが、もっともらしくないことを軽視してしまう。
4アンカーイング
判断するべきことにおおよその目安をつけ後は時間の経過にしたがって微調整する。
問題は始めに目安をつけたところが正しいかどうかは後にならないと分からない。

スターによるリスクの心理
1 利益の期待の三乗にリスクの需要度が比例する。
つまり、利益の期待が大きくなると需要できるリスクはそれに比例して増えるのでなく、リスク判断が飛躍的に甘くなる。
2 受動的リスクの主観的判断が、能動的リスクの10の3乗に比例する
つまり、同じリスクであってもそれに自ら能動的に関わっているか、それとも受け身に回っているかによって感じ方がまったく違う。

考えるほど偏る
人間は、情報を総合的に見るのでなく顕在性の高い要因をクローズアップして判断しているようで、考えれば考えるほど目立つ部分がクローズアップされ評価が極端になり易い

認知不協和
人間には自分の行動を正当化する心理がある。
たとえば、ネクタイAとBのどちらを買うか迷っているとき、Aを買ったとすると、同じくらい気に入っていたにもかかわらずBはセンスが悪いなどと無意識に思い込もうとする。つまり、自己正当化の心理が働き、認識を歪めるのである。


強い同調性
アッシュの同調実験というのがあり、単純な答えの問題をだし10程度のサクラで一致して間違った答えをさせると、残り一人の被験者の30%がこの間違った答えに同調した。
つまり、人間は他人の行動に逆らいがたく、間違っているにしても自然と同調してしまう可能性がある。

人間の認識と解釈の乖離
物事を認識する事と、解釈する事は違う。
バーナード・ショーは
「ウイスキーのビンの中に半分残っているをみて、もう半分しかないと考えるのが悲観主義者で、まだ半分あると考えるのが楽観主義者である」
といっている。
この場合の両者の認識は「半分残っている」であり乖離はない。
しかし、解釈となると悲観主義者と楽観主義者の間には乖離が生じる。
つまり、完全情報であっても違う解釈がうまれる。



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