持てる才能をどうやって解き放つのか? ジャーナリストでニューヨーク・タイムズ・ベストセラー作家のダニエル・コイルが、自分自身や周囲の人間の潜在能力を最大限に発揮させるための方法を伝授する。親、教師、コーチ、レスナー、リーダー必読の一冊。
最先端の神経学と、世界9カ所の才能のホットスポット――カリブの島のリトルリーグからニューヨークのクラシック音楽の夏期講習会まで――の指導現場をめぐって集めた情報に基づき、コイルはスポーツ、芸術、音楽、数学などの才能を開花させ、実力を発揮させるために重要な3つの要素を挙げている。
これら3つの要素が脳内で組み合わさり、行動や思考のスピードと正確さを高める神経物質ミエリンが形成される。最新の研究により、このミエリンこそが「聖杯」――ミケランジェロからマイケル・ジョーダンまで、すべての優れた才能の基礎――とされている。幸いにも、ミエリンの量は出生時に決まるわけではなく、徐々に成長する。他の機能と同じように、栄養を与えて育てることができるのだ。
偉業を成し遂げたごく普通の人たちを例に、鋭い分析を加えた本書を読めば、才能に対する考え方が変わるだけでなく、潜在能力を最大限に活用するためのヒントが得られる。
原題:『The Talent Code: Greatness Isn't Born. It's Grown. Here's How.』by Daniel Coyle
「注目に値し、感動的ですらある。ダニエル・コイルは脳科学、行動科学、日常のトレーニングの観察から真に重要な概念のタペストリーを織り上げた。そこから明らかになるのは、誰もが学んで実行すべき潜在力の証と、個人の能力や限界は生まれながらに定められているとする考え全般に対する非難である」――ロバート・ビョーク(カリフォルニア大学ロサンゼルス校心理学部特別教授)
「“もっとよく”なりたいという飽くなき欲望の本質に迫る。日常生活に応用できる実践的な本だ」――アポロ・アントン・オーノ(元スピードスケート選手、オリンピック金メダリスト)
■はじめに――1カ月分の練習を6分でやり遂げた少女
どんな旅も疑問から始まる。たとえばこんな疑問だ。
室内コートが一面しかない経営難のロシアのテニスクラブが、どうやってアメリカ全土よりも多くの女子世界ランキング20位内の選手を輩出しているのか。
テキサス州ダラスの道路に面した地味な音楽スクールから、ジェシカ・シンプソンやデミ・ロヴァートをはじめ、ポップ・ミュージックのスターが次々と生まれるのはなぜか。
イギリスの片田舎に暮らす、ろくに教育も受けていない貧しい三姉妹は、どのようにして世界的な作家となったのか。
才能のホットスポットは謎に包まれた場所で、最も不可解なのは、その才能が何の前触れもなく花開くことだ。小さな島国であるドミニカ共和国からやって来た野球選手が、メジャーリーグでプレーするようになったのは1950年代からだが、いまやメジャー選手の9人に1人がドミニカ出身だ。韓国の女子ゴルファーがはじめて全米女子プロゴルフ協会(LPGA)ツアーで優勝したのは1998年だが、いまでは賞金ランキング20位以内の8選手を含む45人がツアーに参加している。1991年、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールに出場した中国人は1名のみだったが、直近の大会では8人がエントリーし、同時に世界トップクラスのオーケストラで活動する中国系の団員数も飛躍的に増えている。
マスメディアでは、こうした傾向は個別の現象と捉えられがちだが、実際には、はるか昔から連綿と続く大きなパターンの一部なのだ。19世紀のウィーンの作曲家やシェイクスピア時代のイギリスの作家を思い出してほしい。あるいはルネサンス期にイタリアで活躍した芸術家たちを。この時代には、人口7万人程度の小都市に過ぎなかったフィレンツェから突如、空前絶後の天才たちが生まれている。いずれの場合も同じ疑問が生じるのは言うまでもない――――この並外れた才能はどこから現れたのか? どのようにして成長したのか?
その答えの手がかりとなるのが、クラリッサという13歳のそばかす顔の少女を撮影したビデオだ。クラリッサ(仮名)は、ゲーリー・マクファーソンとジェームズ・レンウィックというオーストラリア人の音楽療法士による研究に参加した。二人は数年にわたって彼女のクラリネットの上達を記録し、その様子を『Shorterclarissa3.mov』という映像にまとめたが、実際には“1カ月分の練習を6分でやり遂げた少女”というタイトルのほうがふさわしい。
画面では、クラリッサは特別才能があるようには見えない。青いパーカーにショートパンツ、あまりやる気のなさそうな表情だ。実際、件の6分間の場面になるまでは、音楽に関してはごく平凡な少女だった。マクファーソンの適性検査や教師、両親、本人の話によれば、クラリッサには音楽の才能はなかった。音感がいいわけでもなく、リズム感も人並み、意欲は平均以下だった(研究に参加した一番の理由として、彼女は�犇�制された�瓩鬟船Д奪�している)。にもかかわらず、クラリッサは音楽科学の分野で有名人となった。ある平凡な朝、マクファーソンのカメラが、この平凡な少女が明らかに非凡なことをしている様子を捉えたおかげで。5分54秒のあいだに、マクファーソンの計算によると、クラリッサの学習スピードは10倍となった。しかも本人が気づかないうちに。
マクファーソンがその場面を再生する。週一回のレッスンの翌朝、クラリッサのいつもの練習時間だ。ジャズ・クラリネット奏者のウディ・ハーマンが1941年に録音した「金婚式」という新たな曲に取り組んでいる。何回か聴いて、気に入った様子のクラリッサは、さっそく吹いてみる。
息を吸い、2つの音を鳴らした。そして中断。クラリネットを口から離し、目を細めて楽譜をじっと見る。冒頭のフレーズの七音を吹くが、最後の音を外し、すぐにストップして楽器を口から離す。そしてふたたび楽譜を見つめ、小さい声で「ダーダーダンダー」と曲のフレーズを歌う。
それから、もう一度最初から吹きはじめ、今度はもう少し先まで行ったが、またしても音を外し、戻って、ミスした箇所を正しく演奏する。出だしは少しずつ曲らしくなり、音に勢いと表情が出てきた。そのフレーズを終えると、6秒ほど休み、その間におそらく心のなかで最初から歌いながら指を動かした。そして楽器を構え、息を吸いこみ、再度吹きはじめる。
だが、聴けたものではない。とても音楽とは呼べず、途切れ途切れにゆっくりと音がつながっているだけで、何度も中断し、音も外れる。常識的に考えれば、クラリッサの演奏はひどい出来だ。だが、この場合は常識が間違っている。
「すごいのひと言に尽きます」。マクファーソンは興奮を隠せない。「見るたびに、信じられないような発見がある。これはまさにプロの演奏家のやり方です。土曜日に本番を控えた演奏家は、水曜日にこうやって練習するんです」
画面では、クラリッサは楽譜に顔を近づけ、それまで出したことのないソの#の音を確かめている。手を見てから楽譜に視線を移し、もう一度手を見る。そしてメロディをハミングする。やや前屈みの姿勢は、冷たい風のなかを歩いているようだ。愛らしいそばかす顔がしかめっ面になる。同じフレーズを何度も繰り返す。そのたびに音の力、リズム、スイングがよくなっていく。
マクファーソンは指摘する。「見てください。彼女は頭のなかで完成された演奏をイメージして、自身の演奏をつねにそれと比較しているんです。フレーズごとにしっかり考えて取り組んでいます。ミスに気づいて、きちんと直す。小さな部分をひとつずつ組み合わせて、あらゆる角度から分析し、確実にレベルアップしています」
これは通常の練習ではない。ミスの修正に重点を置いた高度なプロセスなのだ。その過程で何かが生まれ、徐々に大きくなる。曲が生き生きとしはじめ、それとともにクラリッサも成長する。
動画は続く。「金婚式」の練習が終わると、クラリッサは次の「美しく青きドナウ」に取りかかる。だが、今度は一気に最後まで演奏する。途中で止まることなく、ときどき耳障りなリードミスはあるが、旋律は聴き取ることができる。
マクファーソンはうめく。「単に吹いているだけです。動く歩道に乗っているように。まったくひどい。何も考えず、学習せず、何ひとつ身につかずに、単に時間を無駄にしているだけ。人より下手な状態からみるみる上達したと思ったら、また逆戻りです。そして本人はそのことにまったく気づいていません」
しばらくして耐えられなくなったマクファーソンは、「金婚式」の練習場面に巻き戻す。私と同じ理由で、もう一度見たいと思ったのだ。これは遺伝子に組みこまれた才能ではなく、それよりもはるかに興味深いものにほかならない。平凡な人間が魔法のような創造の域に足を踏み入れる6分間――――1秒ごとにスキルが上がっていく夢の世界なのだ。
マクファーソンは残念そうに言う。「まったく、この仕組みを瓶に詰めて売ることができれば、何百万ドルもの価値があるのに」
本書のテーマはきわめてシンプルだ――――クラリッサと才能のホットスポットは同じことを行っている。どちらも神経学的メカニズムを利用して、適切な練習パターンによってスキルを身につけた。そして無意識のうちに速習法を習得したが、この仕組みを体系化することは不可能で、方法を知る者だけが実現できる。言ってみれば、彼らは才能のソースコードを解読したのだ。
才能のソースコードは、ミエリンと呼ばれる神経系の絶縁体を含む革命的な科学の発見に基づいている。現在では、ミエリンをスキル習得の鍵と考える神経学者も少なくない。その理由を説明しよう。野球のプレーからバッハの曲の演奏まで、人間のあらゆるスキルは小さなインパルス(神経回路を流れる電気信号)を伝える一連の神経線維から成り立っている。ミエリンの最も重要な役割は、銅線を覆うゴムの絶縁体と同じように神経線維を覆い、インパルスの放出を防いで信号をより強く、速くすることだ。バットのスイングや楽器の練習において、神経細胞が正常に発火すると、ミエリンは絶縁体で神経回路を覆い、その層が増えるたびにスキルやスピードがアップする。ミエリンの層が厚くなるほど絶縁効果は高まり、私たちの動作や思考はより速く正確になるというわけだ。
ミエリンが重要となるのは、第一に、地球上のいかなる人間にも共通し、誰でも形成できるからだ。その大部分は幼年期に形成されるが、生涯を通じて増やすことも不可能ではない。また、ミエリンはあらゆる分野に力を発揮し、精神的、肉体的を問わず、すべてのスキルを成長させることができる。さらに、ミエリンは感知できない。目に見えず、触れることもできず、増えているとわかるのは魔法のような効果があったときだけだ。だが、ミエリンの最も大きな利点は、スキルを理解するうえで、まったく新たな視点をもたらすことだ。すなわち、スキルとは神経回路を覆い、特定の信号に反応して成長する細胞の絶縁体である。適切な練習に時間とエネルギーを注ぐほど――――回路に正しい信号を発しながら、クラリッサの到達した域に長く留まるほど――――より多くのスキルを獲得できる。別の言い方をすれば、より多くのミエリンが得られるのだ。あらゆるスキルの獲得は、ひいては才能が輩出されるプロセスは、異なるように見えても、すべて同じ原理で成り立っている。カリフォルニア大学ロサンゼルス校の神経学者でミエリンの研究者でもあるジョージ・バーゾキス博士はこう言っている。「スキル、言語、音楽、動作、これらはすべて活発な神経回路で構成されています。そして回路はすべて一定のルールに基づいて発達します」
本書では、世界の一流サッカー選手、ヴァイオリニスト、戦闘機のパイロット、アーティスト、スケートボーダー、はたまた銀行強盗にご登場願い、そうしたルールについて見ていく。また、現地の住民にも想像がつかない理由で才能を輩出している驚くべきホットスポットの調査も行う。そして、スキルを身につける新たな方法を探求している科学者、コーチ、教師、才能の研究者たちに会って話を聞き、彼らのアイデアを応用して、私たちが人生で潜在能力を最大限に発揮するための方法を考える。
ひと口にスキルといっても千差万別だ。したがって、すべてが同じ細胞のメカニズムで成長するという考えはにわかに信じがたいかもしれない。とはいうものの、この地球上の生物種の存在は共通の適応機構に基づいている。アメリカスギと薔薇は種類が異なるが、どちらも光合成で成長する。ゾウとアメーバも異なるが、どちらも同じ細胞の仕組みによって食べたものをエネルギーに変換する。テニス選手と歌手と画家は、一見共通点がなさそうだが、いずれもタイミング、スピード、正確さを徐々に改良し、神経回路を強化して、才能のソースコードのルールに従うことによって腕を上げる――――すなわち、ミエリンを増やすことによって。
本書は「ディープ・プラクティス」「点火」「一流の指導」の三部構成で、それぞれ才能のソースコードの3つの基本要素に対応している。各要素は単独でも役に立つが、総合的な実践がスキルを身につける鍵となる。いずれかを省けば上達が遅くなる。たとえ6分間でも、この3つを組み合わせれば、人生が変わることは間違いない。
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