配当成長株投資のすすめ
著 者:デビッド・L・バーンセン
監修者:長岡半太郎
訳 者:藤原玄
定 価:本体2,800円+税
体 裁:四六判/270ページ
発売日:2020年8月
ISBNコード:978-4-7759-7263-2
「高配当株」よりも「配当が成長する株」
累進配当株はインフレ・金利上昇の影響を相殺する
新ミレニアムの最初の10年、投資家は自らのポートフォリオを増大させ、またそこから資金を引き出す方法を吟味せざるを得なかった。
金融危機後の回復も、この問題を解決する必要性を和らげることはなかった。今世紀に起こったドットコムバブルと住宅バブルは、基本的な知恵や安定性を欠いた新たな「バブル」に取って代わられた。
だが、何十年にもわたり、投資家が見いださなければならない解を提供してくれる株式市場への取り組み方が存在していたのだ。配当成長株投資は市場のボラティリティを回避するのではなく、システマチックかつ機械的に、それを富を蓄積するうえでの敵ではなく、友とするのだ。そして、市場のボラティリティが持つ大きな影響を受けることなく、ポートフォリオから資金を引き出し、マイナスの複利と呼ばれる致命的な影響を回避することを可能とするのである。
目次
まえがき
第1章 なぜ人々は投資するのか――キャッシュフローこそが王様である
第2章 流行は巡る――配当成長株の歴史的文脈と現実
第3章 株式を買うことで配当を得るのではない――配当を買うことで株式を手にする
第4章 富の蓄積――極端だが世界八番目の不思議
第5章 資金の引き出し方が問題――貯蓄に手をつけるときに負の複利を避けることで幸せに暮らそう
第6章 機会費用という神話――配当成長株投資が残念賞ではない理由
第7章 インフレの恐怖――配当成長株に内在する攻撃力と防衛力
第8章 では、自社株買いはどうか
第9章 目的を達成するためには減配を回避する
第10章 混乱を解消する――高利回りと配当成長
結論 金融危機後の配当成長株投資のすすめを総括する
付録1――国際市場における配当成長株
付録2――受託者責任の基準からみた配当成長株
謝辞
注釈
監修者まえがき
本書はウエルスマネジメント会社ザ・バーンセン・グループの創業者であるデビット・バーンセンの著した“The Case for Dividend Growth : Investing in a Post-Crisis World”の邦訳である。アメリカでは個人の財務的課題の解決について、しっかりした知識や経験を持った専門家の助言サービスを受けることができる。これは、アメリカの金融業界の健全性や質の高さを示すものの一つであるが、本書はそうしたサービスに従事する著者が、個人投資家の資産形成に関する彼の信念と、配当が安定して成長している企業で構成されるポートフォリオへの投資が手段として適しているという主張を述べたものである。
アメリカでも日本でも個人の資産形成は、一種のゲームのように資産の絶対額を増やすことがゴールなのではなく、それぞれ何らかの金銭の使途が本来想定されているはずである。人によってそれは、より豊かな生活を送るためであったり、住宅購入や学費に充てるためであったり、あるいはリタイア後の経済的な不安を解消するためであったりするだろうが、いずれにせよ、投資活動の目的は将来のどこかの時点でその資金を使うことにある。
つまり、ほとんどの個人投資家にとって、投資による資産形成の手段は、単に儲かればよいというものではなく、安心して長期的に資産を殖やせること、ならびにそこから必要に応じて投資資金の引き出しができるということが両立されていなくてはならない。したがって、金融機関が投資商品を組成、あるいは販売する際に、単に投資手段の属性だけに焦点を当てるのは、顧客の資金消費の用という観点を著しく欠いていることになる。
この本には、資産形成と投資成果の利用について真剣に考えるべき日本の投資家にとって、とても大切で必要なことが書いてある。筆者の考えに賛同するか否かは読者の判断によるが、少なくとも筆者は自身の経験に基づき論を展開し、ファイナンシャルアドバイザーとしての仕事を通じて顧客にその実践を勧め、結果として自己の主張の責任を負っている。個人投資家にとって、自分の周りに存在する多くの金融機関と、どちらが顧客本位であり誠実で信頼に足る存在なのだろうかよく考えてみる必要があるだろう。
2020年7月
長岡半太郎
結論 金融危機後の配当成長投資のすすめを総括する
「株式配当とは実体のあるもので、利益予測ではない。それは手に取れる実物である。株式配当こそが投資に対する真のリターンである。それ以外はすべて期待であり、投機である」――リチャード・ラッセル
本書の幕開きに、この新ミレニアムの最初の一〇年がどのように私が本書で説明した投資哲学に至る発見のプロセスのお膳立てとなったかを説明した。過去一〇年について議論することで本書を締めくくりたいと思う。
一九九九年のドットコムバブル、ハイテクバブルの崩壊から二〇〇八年の金融危機に至る時期が投資の原則を変えてしまったとは思わない。金融危機後の投資は二〇〇八年以前または二〇〇九年以前の大勢とは異なるように見えてしかるべきだと考えている。これは、私が提案していることが現在は正しいが、当時は間違っていたからというのではない。当時も正しかったのではあるが、長い間忘れ去られていたり、誤解されていたからである。
当時も今も、われわれが生きる文化は銘柄選択やマーケットタイミングばかりにこだわっているが、それらには陰に陽にウソが付き物である。つまり、市場の「タイミングを計る」ことに成功するには、チャートを適切に読み解いたり、研究をしたり、達人の導きに従ったり、何らかのお茶の葉を読んだりすることで、望んでいた投資成果を上げ、または避けたいと思っているダウンサイドボラティリティを回避できるという具合だ。
人々は現代の技術を用いてこの文化的現象――それをあおる情報や実行する際に用いられる道具を通じて――を増長させている。私は、技術的進歩やイノベーションを懸念する最後の一人である。実際に、私は利益を求めて配当成長株に資金を投じる日々の投資を、継続する歴史上の進化の一部と考えている。だが、過去二〇年にわたり、オンライントレードやツイッターやインターネットのチャットやレバレッジのかかったETF(上場投資信託)、その数多くの商品や討論の場や伝達手段など、現代のテクノロジー時代において前向きに利用できる副産物のすべてが、銘柄選択やマーケットタイミングという神話の負の側面における道具となっていることをわれわれは目にしてきた。
前述のマーケットタイミングという愚行の次に来るのが、「流行の戦略」を追いかけるという愚行である。流行のファンドであろうが、ファンドマネジャーであろうが、流行の「スタイル」であろうが、バックミラー越しにパフォーマンスを追いかけても、平凡で、ありきたりな結果に終わるのだ。昨日有効であったことが明日はまったく有効でないということが多い。われわれは運と実力を混同している。そして、モメンタムとファンダメンタルズとを混同しているのだ。
何にも増して、マーケットタイミングや銘柄選択に夢中になっているのは、理解はできるがはなはだ嘆かわしい文化的価値体系を反映している。つまり、あぶく銭、容易な利益、手っ取り早い儲け、安易な解決法といったものだ。
銘柄選択やマーケットタイミングのワナに陥らない投資に取り組むには幾つかの方法がある。だが、そのどれもが投資家が定義上、回避することのできない真実から逃れることを許さない。
安易なリターンは曖昧なものにすぎない。永続するお金は時間をかけることで蓄えられるのだ。
そして、リスクフリーレートを上回るプレミアムをもたらす安定的なキャッシュフローを生むことは、ある種のリスクにさらされることである。
人間心理という点からは当てはまらないが、目的達成という見地から最も許容できるリスクは市場の変動リスクであると私は考える。「騰落」のボラティリティは心地良いものではないが、分散されたポートフォリオであれば、だれも吹き飛ばされることはない(「吹き飛ばす」とは学術用語ではないかもしれないが、われわれがビジネスにおいて是が非でも回避しなければならないことである)。
債券に伴うインフレリスクは克服できないものとなりかねない。
過度の集中リスクは致命傷となりかねない。
過剰なレバレッジには事態が反転した場合に支払い不能に陥り、壊滅的なものともなりかねないリスクが付随する。
だが、市場のボラティリティによって命を失うことはないし、それによってむしろ強くなれるのだ。ポートフォリオの弾力性は、質、分散、そしてそのポートフォリオを保有する者の規律や振る舞いによってもたらされるものである。
だが、市場のボラティリティは引き出し段階にある個人のポートフォリオに構造上の影響を与えるのだろうか。あり得ることだが、第5章で取り上げたように、われわれは「タイミングを誤る」リスクとは急速に値を下げる株式のポートフォリオから持続的に引き出しているかどうかだと考えている。適切な余剰資金がその影響の多くを吸収し、またそうすべきだ。だが、マーケットタイミングや銘柄選択の文化の弊害から逃れた投資家が取り組まなければならない大きな「リスク」が市場のボラティリティであるならば、配当成長株投資によって、その「リスク」は引き出しを行う者にとっては完全に許容できるものになると私は考えている。
市場のボラティリティは、グロース志向の蓄財を行う者をイラ立たせることがあるだろうか。いまだポートフォリオに資金を積み増している者(401kに入っている労働者や定期的に投資資金を積み増している稼ぎ手など)以外にも、四〇歳で相続を受けたが六〇歳になるまでその資金に触れるつもりはないといった「一括払い」の投資家は、たとえ引き出し段階にはないとしても、市場の変動におおいに悩まされるかもしれない。必ずしも株価がより安いときに新たな外部資金をポートフォリオに追加することができるとは限らないが、蓄財を行う者が配当成長株投資によって、配当の再投資による新たな投資を実行することは常に可能である。
金融危機後の金融市場はかなり堅調で、市場は大底を打ったものと思われる。利益が底を打ち、再び増大していることが株式のリターンを堅固なものとしている。低金利によって市場のマルチプルが上昇していることも踏まえれば、リスク資産の投資家が不平を言うべきものはほとんどなかった。ヨーロッパ市場は同程度の回復を示しておらず(これはヨーロッパの政治的枠組みに拠るところが大きい)、また日本も何十年にもわたったデフレスパイラルの最終局面にあった。コモディティは上がったり下がったりで、これは新興国市場も同じである。債券市場は歴史的に株式と高い相関関係にあるが、極めて好調(高利回り債や銀行の債券)であった。リスク資産の強気相場はあちこちで見られたが、そのなかでもアメリカの株式市場がもっとも顕著であった。
強気相場は弱気相場と同様に賢明な思考をゆがめる、つまりうまくいかないときに愚かな行動を取り続けることよりも唯一劣っているのは、うまくいっているときにその行動に留まることである。後者はおかしな振る舞いを助長し、そして愚かな判断の結果に対する防御を脆弱にするのだ。
流行のハイテク株が年に七〇%も上昇しようとしているときに、年に七・五%成長する四%の配当利回りという賢明な投資対象に集中し続けることが難しいことは、私も重々承知している。流行や華やかなものを求めているのであれば、本書は不向きであるし、配当成長株からなるポートフォリオもまったく役に立たないであろう。
だが、おそらく、おそらくは人気で華やかなものは評判ほどのことはないだろう。一九九九年のドットコム銘柄は二〇〇〇年に崩壊した。念のため記すが、これはハイテクバブルの犠牲となったペッツ・ドットコムだけの話ではない。シスコやマイクロソフトに劣らぬ重要な企業群が、過去二〇年のほとんど、またはすべてを通じてバブル期の株価を超えられずにいたのである。二〇〇六年のフロリダにおけるコンドミニアム転がしはアメリカ経済の腰を折った金融危機の震源地となった。一九九九年のドットコムバブルや二〇〇六年のコンドミニアム転がしを回避する、目的に基づいた投資ソリューションを求めているならば、キャピタルゲインとインカム、蓄財と資本保全、そしてバリューとグロースとが結び付いた配当成長株こそが最良の戦略であると私は考えている。
一九九〇年代、あまりに多くの投資家が強欲や高揚感、そして現実離れした期待に心を奪われていた。これは、投資家たちがあまりに高すぎる、歴史的に見てもあまりに安直なリターンを求めるようになったというだけではない。投資家が金融市場において資本がどのようにリターンを生み出すのかを理解できなかったということである。�〕�益は重要ではない、��投資家は金融が安定するまで無限に耐えることができる、��思いつきのビジネスモデルでも世界的な競争が行われる市場で成功することができる――こういった考えが改められるには多大な痛みを被らざるを得なかった。イケイケの一九九〇年代を通じて、配当成長株投資は順調であった。もちろん、「順調」というのは「財政的目的を達成するために必要なリターンを上げる」という意味においてである。
二〇〇〇〜二〇〇九年の間に、大暴落、大暴騰、そして再び大暴落が起こった。その間、配当成長株投資の防衛的特徴は比較的順調に投資家に資することになったであろうが、プラスのキャッシュフロー(引き出しを行う者)とより安い株価での再投資(貯蓄者)という攻撃的要素はさらに大きな影響をもたらしたであろう。
過去一〇年間、配当成長株は素晴らしい結果を残した年もあれば、ほかの銘柄群に負けた年もある。それでも、すべてのリスク資産と同様にパフォーマンスは優れたものであった。だが、本書の刊行時における環境は、再びファンダメンタルズが退屈に思えるものとなっている。二ケタのリターンを上げることなど容易で、ホットドット(最近、急成長しているFANGなどのドットコム企業)を追いかけることが合理的なように思える。過去三〇年にわたる展開は、人間そのものに根差した欠点を改善する役には立たなかったのだ。
金融危機以前でも、ファンダメンタルズや基本的な原則、規律ある行動は重要であったが、金融危機によってわれわれの心理に教訓として強力に刷り込まれることになったと私は考えたい。配当成長株投資は、ファンダメンタルズや規律、基礎や行動科学的投資を一身に体現するものである。市場のボラティリティは回避できるなどと偽ることはせず、むしろそれを利点に変えようとするものである。フリーキャッシュフローと利益がどこから来るのか、そこから生まれる配当がどうして持続可能で、増大するのかという基本的なビジネスの現実を認識したものである。大衆の狂気ではなく、企業の業績に焦点を当てるものである。「制度の抜け穴を利用」したり、市場のタイミングを計ったり、他人を出し抜くことができるなどと偽りはしない。それはリスクがあることを承知したシステムである、つまり株価のボラティリティは存在するであろうし、特定の流動株を手にする機会を失うであろう。だが、すべての投資目的のまさに核心を突いたものである。つまり、投資家が現金を回収することだ。
興奮状態のバブルや大混乱となった暴落など、過去二〇〜三〇年のうちにはファンダメンタルズや基本的な規律から逸脱するための言い訳がたくさん存在した。だが、その間もずっと、配当成長株投資は将来のインカムを蓄積している者にとっても、現在のインカムを株価の下落やインフレによる減価から守ろうとしている者にとっても、奇跡的と思えるような成長を示してきた。
私が配当成長株投資を「タクティカル」または「タイムリー」という理由から提唱することは今後もないであろう。低金利、高金利、低インフレ、高インフレ、弱気相場、強気相場、リスクオン、リスクオフなど、どんな時期においても配当成長株投資は株式市場のイクスポージャーをとるうえで最も賢明な方法だと私は確信している。
そして、二〇〇三年と二〇一三年の税制改革によってその考えは強化された。そして、キャッシュや債券といった金利代替物の市場が長期にわたって精彩を欠いていることが、配当株投資の魅力を高めていることもたしかである。だが、第3章、第4章、第5章で示した基本的な主張は、そのような戦術的な追い風に頼ったものではない。配当の再投資による複利運用という構造的・数学的現実はいかなる市場環境にも当てはまるのだ。常に増大していくキャッシュフローは、どんなときでも引き出しを行う人のニーズを満たすものである。そして、この結論においてあらためて記す必要があることがあるとすれば、次のとおりだ。配当成長株投資の世界において取り上げられる企業に内在するクオリティーは、リスク管理やバランスシートの強さ、そして株主を重視する経営陣に関心を持つ者たちにとっての優れたポートフォリオに適したものである。
マーケットタイミングや銘柄選択への文化的偏向を超越する投資手法はいくつもあると前述した。投資におけるさまざまな規律やシステムには少なくとも共通する点がある、つまり、存在しないものを提供するとは主張しないということだ。私が本書を記したのは、配当成長株が簡潔さ、税務面での効率性、リスク調整済みの結果、そしてメカニズムの最適化といった点において、それらのシステムのうち最も優れたものであると考えているからだ。私は、配当成長株投資がほかのいかなる投資手法よりも優れていると主張したいわけではない。だが、行動面での賢明さや規律が常に適用されるほかの手法よりも優れた長期的結果をもたらす方法論が存在するという考えは擁護したいと思っている。
別な言い方をさせてもらえるなら、われわれの会社では、投資家たちを銘柄選択やマーケットタイミングというカルトから呼び戻し、大幅な行動変容を伴う配当成長株の世界へといざないたいと思っている。われわれが預かっている顧客の資本について意思決定を行っているかぎりにおいて、配当成長株はわれわれの投資戦略において主要な役割を果たし続けるであろう。私が何年も前に得たひらめきは今も健在である。つまり、投資家が資本を投下するのは、現金という形で回収したいからである。彼らは、一連のお金の流れを望んでいるのかもしれないし、一度により大きな金額を得ることを求めているのかもしれないが、資金を回収するスケジュールは、資金を投じるタイミングが変わるのと同様に、変化するものであろう。だが、現金の回収こそが究極の目標であり、それゆえ、われわれにはそれをできるかぎり最も効率的な方法で行う受託者責任があるのだ。
われわれの資金については、流動性が高く、経営状態に優れ、税務上効率的で、株主に寄り添い、堅調にフリーキャッシュフローを生み出しながら、投資家に対する配当を増大させている企業を通じてそれを行っているのである。それらの企業の株価が変動することはもちろんだが、今も将来も、増大するインカムが投資家が求める現金というリターンであることは間違いなかろう。
この投資手法はわれわれ、そしてわれわれの顧客たちに何年にもわたって配当をもたらしてきたし、また今後何年にもわたってもたらすことであろう。
投資家は不動産やゴールド(金)を念頭に「自分は何かリアルなものを所有したい」と言いたがるものだ。
私は、自由企業に対する所有権がもたらす配当ほど「リアル」なものはないと考えている。自由企業の奇跡とリターンの複利運用という奇跡の組み合わせは現在の金融危機後の投資環境においては強力である。われわれはその組み合わせをこう呼びたいと思う。「配当成長株の奇跡だ」と。
著者紹介
デビッド・L・バーンセン(David L. Bahnsen)
米カリフォルニア州ニューポートビーチとニューヨーク市を拠点に15億ドルの資金を運用する資産管理会社ザ・バーンセン・グループの創業者兼CIO(最高投資責任者)である。バロンズやフォーブスやフィナンシャル・タイムズでは常に全米のトップアドバイザーの1人にランク付けされている。
著書に『Crisis of responsibility : our cultural addiction to blame and how you can cure it(クライシス・オブ・レスポンシビリティ)』がある。
本書への賛辞
「予想に血道を上げる専門家が多い金融界において、デビッド・バーンセンは長期にわたり配当によるインカムを蓄え、再投資していくことが投資で安定的に成功することの鍵であるという真実を理解し、またそれを奉じるアドバイザーとして突出した存在である」
――ローウェル・ミラー(ミラー・ハワード・インベストメンツ共同創業者兼最高投資責任者)
「30年にわたってベビーブーマーが引退を迎えるなか、唯一合理的な投資目的はインカムではない。インカムの増大である。インカムは、少なくとも生活コストと同じように増大しなければならない。さもなければ資金が枯渇することになるからだ。だが、心配ない。主要な株式の配当は、全体としてみれば、われわれが生きている間はCPI(消費者物価指数)が示すインフレ率のおよそ2倍の速度で増大する。それだけではない。そのような増大する配当を使って生きていくかぎり、子孫に残すべき相続財産が増え続けることにもなるのだ。だが、配当成長株の大きな力は常にほどんど理解されることがなく、投資の世界においては最も過小評価されている現象だと言っても過言ではない。だが、もうそんなことはなくなる。すべての世代の投資家はデビッド・バーンセンの明解かつ読みやすい指導書を読めば人生を先取りすることになるであろう」
――ニック・マレー(『シンプル・ウェルス、イネビタブル・ウェルス(Simple Wealth, Inevitable Wealth)』著者)
「資本市場に対するバーンセンの理解が本書を通じて明確に伝わってくる。オルタナティブ投資からフィクストインカム、そして本書の主題となるアセットクラスである有配株に至るまで、あらゆる種類の投資家が理解できるよう記されている。本書を読めば投資家として成長できることであろう」
――アンソニー・スカラムッチ(スカイブリッチ・キャピタル創業者兼CEO)
「その見事なキャリアを通じて、バーンセンは一貫して配当成長株投資の哲学を実践してきた。本書において、バーンセンは整然かつユニークで、思慮に富んだ方法でその投資プロセスに対する新たな価値ある見識を読者に提供している。バーンセンの配当成長株の哲学を理解すれば、読者は投資家としてより完成した存在となるであろう」
――ジョセフ・M・テラノバ(ビルタス・インベストメント・パートナーズ・シニアマネジングディレクター、2008年からCNBC・エンゼンブルのメンバーを務める)
読者の声
パンローリング社から出版されている「配当成長株投資のすすめ」を読んでみました。結論から言えばこれは良著であり、皆さんにご一読することをお勧めします。
この本の出版は2020年9月3日であり、私が最近用いている累進配当と言う言葉がまだ一般的ではなかった頃の考え方です。一方で、配当成長株と言うのは私が申し上げている累進配当と同じ概念です。まずはそこを確認しておきたいと思います。またこの著書は米国株について書いたものであり、私は日本株について累進配当の有効性を説いている。そこも異なる部分です。
私がこの本の中で1番響いたのは、第一章「なぜ人々は投資するのか」の47ページにある、次のくだりです。
「本書で私が最も主張したいのは、現在2.5%、3.5%、または5%の利回り(これらは向こう数十年で配当が8%、9%、10%、もしくはそれ以上に増大すると考えている)を持つ企業を見つける事は、向こう25年間で1,600%上昇する銘柄を選択することよりも、はるかに投機的ではない戦略だ」
既にご案内の通り、配当利回りの計算式は、分子が配当・分母が株価。つまり長期投資をすることで、分子が趨勢的に上がっていく一方、長期投資であれば買い値である株価は変わらない。その状況においてはこの本に書かれているとおり、現在5%の利回りのものが将来10%。もしくはそれ以上に増大するというのは正しい考え方です。ここに累進配当銘柄に長期投資をする価値が見いだせると考えます。
ちなみに、これは私が自ら計算した数字ですが、足元で5%の配当利回りの銘柄で、この銘柄の配当が年間10%増加していくとすると、複利計算の配当利回りは、10年で11.79%、 20年で30.58%、 25年で49.2%になります。累進配当銘柄に長期投資する価値は大きいことがわかります。
この本の書かれている「1,600%」という数値が何を意味するかは、よくわからない。深い意味はないのかもしれません。とんでもなく魅力的な銘柄であるということを、著書はユーモアをもって説明したいのかもしれません。それはそれとして大事なことは、この本においては配当成長株、私の言い方では累進配当株は、長期投資をすることで、とても有利な投資手法であるという点において、この本の著者と私の考え方は一致しているということです。私が推奨している累進配当銘柄への初期投資を側面支援してくれている本と理解します。繰り返します。ご一読をお勧めします。
(浜口準之助さま)
配当金を出す企業の人気は芳しくない。 配当金を出すくらいなら、それを再投資し、売上を更に伸ばせという声が主流となっている。確かにFANGのような企業は、その手法で成功しているが、全ての企業がFANGのようになれるわけでない。配当を継続的に出せる、安定した成長企業に投資することで現金と株価のリターンを得ることで資産形成を確実に行うのが本書の主張である。
事実、配当金を継続的に出せる企業は株価が上昇すことが多く、リターンが見込みやすい。減配リスクについても詳細な記述があるため、リスクヘッジも考えた上での投資が可能である。 配当株投資を再考するのに最適な1冊と言えよう。(のんびり投資家さま)
『配当成長株投資のすすめ 金融危機後の負の複利を避ける方法』が今回出版されたので興味本位に読んでみた。結論としては、読み応えのある骨太の本という評価だ。著者は全米トップランクの資産運用会社の創業者で、首尾一貫、配当成長株への投資を推奨している。
著者の主張として、「マーケットタイミング」や「流行の戦略」を追いかけるスタイルに対し、バックミラー越しにパフォーマンスを追いかけても、平凡でありきたりな結果に終わるだけで我々は運と実力を混同している、と切り捨てる。本来の株式投資の原点である、その会社の配当の持続可能性と配当が将来にわたって増大する可能性を見極める眼力が重要で安易なリターンは曖昧なものに過ぎない。永続するお金は時間をかけることで蓄えられるのだ、と説く。 色々なトーレーディング・スタイルはあるが、相場の荒波の中でもしっかり儲けるためには、投資する先の会社をよく研究し、マーケットタイミングではなく、時間を味方につけ安定的な配当が見込める株の複利ベースの長期運用が大切であると痛感させられる良書である。 (炎のディーラーさま)
長期的なリスク・リターンを最大化するには、目先の高利回りに飛びつくのではなく、長期的な配当の安全性と成長力をしっかり吟味しましょうという著者の見解には共感できます。
本書で展開される分析の多くが、シーゲル先生の本と通じるところがあり、違和感がありません。そのような中で本書を特徴づけるのが、「第5章 資金の引き出し方が問題―貯蓄に手をつけるときに負の複利を避けることで幸せに暮らそう」だと思います。第5章の記載だけでも、この本の価格以上の価値があると思います。著者の主張は「ポイントは負の複利という現実から身を守ることができるメカニズムを構築することにある。」に集約されます。 また、付録1で著者が日本の株式市場についてもコメントしていることも意外でした。負けない投資手法を検討されている方には、とても参考になる本だと思います。 (スマイルさま)
長く配当を出し、増配をしている確固たる事業基盤を持った企業への長期投資によって資産形成をはかろうという、実に真っ当な主張の書籍。書籍の内容も、著者自身の姿勢も誠実さが感じられて好ましいと感じた。
苦言を呈すれば、本書の内容の生真面目さの反映という部分もあるのかもしれないが、翻訳が少々堅すぎ、また本来は適切な日本語に訳してほしい単語をそのまま英語をカタカナ表記にして用いているところがあり、読みにくさを感じた部分がある。カタカナ表記については、改訂時などにまた対応してもらえるとよい。 本書に示されている投資方法は短期的な売買で高効率に利益を挙げるような方法とも対極をなすものであり、本書では後者のような売買を戒めている。 結局、配当を増やしていけるような企業は経営が堅実であり、出された配当を再投資することで、さらに複利効果で利益が増大することもある。 本書を読んであらためて思い返したのは、かつて行っていた日本株の個別銘柄への「るいとう」という投資方法であった。毎月1万円など定額ずつ特定の銘柄の株式を購入していく積立型の投資方法である。 選択したのは、トヨタ自動車、山之内製薬(現:アステラス製薬)、武田薬品、ローム、キーエンス、ソフトバンク、オリンパス、NTTデータなど、以前からよく知られている当たり前の企業ばかりであったが、途中で積み立てをやめてしまったNTTデータ以外は、程度の差はあるが、すべて利益につながっている。ここでは、配当再投資の複利効果もあり、またドルコスト平均法効果もあり、企業自身の成長による株価上昇の効果もあったと考えている。 現在は、低コストのインデックスファンドの積み立て投資のことはよく取り上げられたりするが、個別銘柄への累積投資はあまり注目されていない印象がある。が、本書を読むと、あらためてその意味や効果を考えさせられるところがあった。 これは当然、米国株に限ったことではなく、上記のような日本株においても現在もあてはまるところは十分にあるだろう。 生真面目で、有益な書籍というのが全体の感想である。 (ふしみんさま)





