The Pro Retail Trader(ザ・プロリテールトレーダー)
著 者:スティーブ・ラフリー
監修者:長岡半太郎
訳 者:井田京子
定 価:本体2,800円+税
判 型:四六判/262ページ
発売日:2026年9月
ISBNコード:978-4-7759-7353-0
個人トレーダーがアマで終わるかプロになるか、その方法を伝授!
ホームトレーダーがプロになるための教科書!
本書は、プロのトレーダーが用いているアプローチを、個人トレーダーが使って成功を手に入れるように再構成した手法を紹介している。
スティーブ・ラフリーは、人生の半分を市場でのトレードに費やしてきた。彼はプロのトレーダーになるための訓練を受け、今は「プロの個人トレーダー(The Pro Retail Trader)」を名乗っている。2分で1万ドル、2時間で7万7000ドル、1日で9万ドルといった利益を上げた実績がある。このプロ並みの結果を、個人向けの証券会社を使っている。
彼は、複数回の仕掛けで大きなポジションを建て、それを一気に利食うことでこのような利益を上げている。使っているのは3種類のトレード手法と2つの仕掛け方のみで、あとは正しいことを正しいタイミングでするだけだ。彼は、個人トレーダーがプロのようにトレードを執行できないことを知っている。だからこそ、新たな考え方と執行の両方を身に付ける必要があり、その方法を伝授してくれている。
ラフリーは、「トレードに関することはすべてやった」と言う。大手トレード会社でプロのトレードのリスク管理やトレードフロアの運営を経験し、最高のトレーダーたちとともに働き、そこでプロのトレーダーでさえあまり目にすることができない洞察を身に付けていった。そのあとは、何年もかけてその知見を自分で実践できるように調整していった。
これは重要なことである。だれでも個人トレーダーになることはできるが、多くの人はアマチュアのままトレード人生を終え、一部の者しかプロのトレーダーにはなれない。また、トレードのやり方を習うことはできるが、ほとんどのトレーダーはトレードで大きな利益を上げることは夢のまた夢である。
アマチュアの個人トレーダーとプロの個人トレーダーとの間には大きく広い溝がある。本書のアプローチは、それを学ぶつもりがある人にとって、その溝を埋める方法となるだろう。
目次
第1章 市場を構成しているのはだれか
第2章 プロのトレーダーとは一体どんな人なのか
第3章 私は自分をよく知っている
第4章 私が使っている三種類のトレード
第5章 逆張りと順張りという二つの仕掛け
第6章 リスク
第7章 トレード中の感情
第8章 プロとしての個人トレードのプロの部分
第9章 DMAと個人向けプラットフォーム
第10章 動機
第11章 動くものなら何でもトレードできるが、それをしない理由
第12章 マーケットニュートラルにする理由
第13章 かつての80−20ルールと主要メディアのニュース
第14章 私の成功の測り方
第15章 モメンタム
第16章 これからの道
監修者まえがき
本書は、プロの個人トレーダー、スティーブ・ラフリーの『The Pro-Retail Trader』の邦訳で、著者が「プロの個人トレーダー」と呼ぶ人々の実像について書いている。これは一般的なトレード本とはかなり趣が異なり、どこで買い、どこで売るのか、どのテクニカル指標を使うのかといった売買技法は書かれていない。プロのトレーダーとは何者なのか、市場をどう理解し、リスクや感情をどう扱い、プロとアマチュアとはどう違うのかが論じられている。
多くの読者は著者の具体的なトレード方法を知りたいだろう。しかし、本当に重要なのは、他人の方法を詳しく知ることではない。自分に合ったトレードや投資の方法は自分にしか分からず、他人に教わるものではなく、あくまで自分で決めるものだからだ。
一般に、トレードで成功するには、より多くの情報を集め、より広く分析し、他人より速く行動することが重要だとみなされている。しかし、真実はむしろ逆である。人間の情報処理能力など、しょせん限られたものだ。だから、複雑な世界でうまく立ち回るには、物事を構造化して理解し、世界を小さくすることが重要である。膨大な情報から必要なものだけを残してノイズを排し、世界をできるだけ単純で不確実性の少ないものにするのだ。本書で著者が示す三種類のトレードと二つの仕掛けも、驚くほど単純だ。
ところで、しばらく前に、第一生命が発表した「大人になったらなりたいもの」の調査で、高校生男子の「なりたいもの」に「投資家」が9位にランクインした。それを受けた解説記事は、そうした若者の志向について否定的な論調だったが、私に言わせれば、これは当然の結果である。投資家やトレーダーは、日本に住みながらグローバル基準で稼ぐことのできる数少ない仕事の一つだからだ。一方、現代の日本で会社勤めをすれば、大した報酬も得られないまま滅私奉公を求められる。そんなことを若者に求めるほうがどうかしているのではないか。
最近、私は「ファンドマネジャーになりたい」という若者に会うと、「そんなことはやめておきなさい」と言うことにしている。組織に縛られながら他人の資金を運用して国内基準の報酬を受け取るのと、自分の資金を運用してグローバル基準で稼ぐのとでは、経済的には後者を選ばない理由がない。その差は歴然だ。
著者は、自分の主張や考え方が多数派とは異なり、したがって違和感を持たれたり批判されたりすることを承知で、成功だけでなく失敗や感情の揺れまで含めて、プロのトレードの実際を語っている。プロとアマチュアの間には大きな差があるように見えるが、案外その差は紙一重なのかもしれない。そして、その隔たりを乗り越えるために必要なものは他人より優れていることではなく、本書に書かれているような物事を捉える独自の視点と、それに基づいて一貫した行動を取ることなのだと思う。本書は、そのための現実的な道筋を示してくれるだろう。
二〇二六年八月
長岡半太郎
まえがき
今、このページを読んでいるあなたはトレーダーか、トレーダーを目指しているか、単にトレードに興味があるのだろう。あなたがどの立場でも、どうなりたいと思っていても、トレーダーの多く、特に個人トレーダーが失敗することは多くの統計で明らかになっている。そして、その割合は驚くほど高い。
それなのに、なぜトレードを始めるのだろうか。お金を稼ぐためである。ただ、トレードで稼ぐことは単なる戦術以上の意味がある。こう考えてみてほしい。一年で一〇〇%のリターンを上げれば、ほとんどのヘッジファンドを打ち負かしたことになる。しかし、私が勧める初期投資額の二万五〇〇〇ドルで始めて資金が二倍になっても、その稼ぎはファストフードの店員より低い。しかも、彼らより多くの時間を費やしたかもしれない。
本書は、トレードに対する私独自の視点を紹介している。私はこれらのことを、これまでの経験と実際に行ってきたことや、個人トレーダーとプロのトレーダーとその間のすべてを実践して会得した。トレードでそれなりの金額を稼ぐためには、ほとんどの人が一生気づかないようなたくさんの要素がかかわっているのである。
本書は、デイトレードについて書いていく。私は、FXと主要な指数と金をトレードしている。私が行っているスキャルピングやアベレージングトレードは、ビットコインや個別株など動きのある市場ならば何にでも応用可能だが、私はそれらをトレードしていない。長期トレードもしないし、投資もしない。
本書では、私が訓練を受けたプロトレードの世界と、今私自身が行っている個人トレードの溝を埋めていく。そして、みんなが抱いているプロのトレーダーのイメージを払拭したいと思っている。
私はプロと個人の両方でトレードの経験がある。プロとしては、ロンドンで最大級のトレードフロア二カ所で働き、フロアトレーダーのリスク管理をしたあとは、フロア全体の管理もしていた。これらはFCA(金融行為監督機構)の規制の下で行っていた。さらには、何千人もの個人トレーダーを教育し、数百人のメンターもしていた。
ちなみに、ここで「フロア」というのは、電子トレードのフロアで、かつての立会場のことではない。
私は長年、自己資金でトレードしている。顧客の資金を運用した経験もある。トレードは、数秒、数分、数時間の間に一〜二五〇〇枚で行っている。比較的大きな口座で大金を稼いだことも、小口の口座で大金を稼いだこともあり、それをプロとして取引所経由でも、個人として個人向けのプラットフォームでも行ってきた。
私はこれらの経験から得た洞察と、私が考える個人的なトレードの資質である「痛みを受け入れる能力」を組み合わせてトレードしている。
具体的には、市場で超短期の痛みを受け入れる。時には、それを自分に強いる。私のトレードスタイルにおいて時間は非常に重要で、逆張りでスキャルピングを仕掛けるときに最も強い痛みを感じる。
逆張りスキャルピングが何か知らない人でも、トレード経験があればやった可能性が高い。そして、損失を被ったか、わずかしか利益が出なかったかもしれない。なぜだろうか。それは、トレーダーを罠にかけるための非常に見つけやすいパターンだからだ。
私は、自分が常に市場や自分の感情と一体化して「禅の境地」に達したから、トレードの世界を完全に理解しているなどと言うつもりはない。それは私ではない。ただ、利益を上げるために市場とどうかかわるべきかは分かっている。私にも負けトレードはあるし、これまでたくさん負けているが、これはトレードの一部にすぎない。私もすべてのトレーダーと同様に、良いときもあれば悪いときもあったが、おそらくみんなよりも少し桁が大きかったかもしれない。
私は自分のことを理解している。最近では、トレードで利益を上げることのみに関心がある。これは自分が正しいと証明することとは違う。利益というのは、二分で一万ドルとか、二〜三時間で七万七〇〇〇ドルとか、一日で九万ドルといった金額のことである。
このような金額は信じられないという人がいることは理解している。
もちろん、こんな利益がいつも上がるわけではないが、私はトレードするときは一〇〇ドル単位ではなく、一〇〇〇ドル単位の利益を狙っている。それがプロである。市場に正しいチャンスが訪れれば、プロはそれをつかみに行く。そして、ある程度のサイズに達すると、それは単なるトレードにすぎなくなる。トレーダーにとってトレードサイズを大きくしていくのは非常に難しいが、一ピップスでもある程度の利益を上げるためには、そうするしかない。
ほとんどの人はプロのトレーダーにはなれない。そして、統計によれば、ほとんどの個人トレーダーは失敗する。
ただ、私はプロのトレーダーと個人トレーダーの間に、プロの個人トレーダーとでも呼べる領域があると考えている。
それが今の私で、私のトレードの仕方である。
トレーダーとしての歩み
私がプロのトレーダーの道に入ったのは、よりによってジブラルタルに住んでいたときだった。昔からよくあることで、たまたま正しい人たちと出会ってこの世界に転がり込んだ。
私は、世界的な金融会社だったレフコの新人研修の一環として、プロのトレーダーになるための教育を受けた。まずは同期とともにロンドンにあるレフコのリバプールストリート支社に送られ、ここでトップガンさながらのトレーディングアカデミーに入った。ここは支社とは言っても、一五〇席あるトレードフロアと専用の社員食堂やゲームセンターがあり、地下駐車場にはアラブの富豪も驚くようなスーパーカーが並んでいた。
ちなみに、トップガンというのは私が勝手に言っているだけで、レフコでその言葉が使われていたわけではない。ただ、これがそののちの状況にうまく重なるので、そのイメージで読み進めてほしい。
トレーダーを育成すること自体は珍しいことではない。一九八〇年代にはリチャード・デニスとウィリアム・エックハートが「タートルズ」トレーダーを育てた。ただ、レフコの教育はもっと冷酷で、組織的で、ビッグブラザー(オーウェルの小説『一九八四年』に出てくる絶対的指導者)的監視と管理の下で行われた。私たちは初期の「アプランティス」(トランプが司会をしていたリアリティーショー)のように、競うかクビになるかのどちらかしかなかった。ただ、レフコの訓練はショーではなかった。私たちは定期的な試験に合格しなければ、解雇すると告げられ、実際に多くの仲間が去っていった。
ここでは、日中は試験と詳細なリポートの提出に追われ、理論的なトレードや分析シナリオを同期の前で説明し、プレゼンする課題が大量にあった。また、読書リストには市場に出回っているテクニカル分析の本が網羅されており、本代だけで一〇〇〇ポンドは使ったと思う。とにかく、毎日試験と課題に追われていた。
この研修で私は市場について多くを学び、トレードについてもある程度学んだが、利益の上げ方やリスク管理についてはほとんど学ばなかった。トレードを始めたばかりのころは、会社がなぜこのような教育の仕方をするのかよく分からなかった。
しかし、あとから考えるとこれは完全に理にかなっていた。彼らは、教育と環境と資金を提供した。しかし、最も難しいことであるお金を稼ぐこととそれに伴うすべてのことは、自分でやるしかなかった。
夜になると、一流トレーダーが集まる店を調べて顔を出し、トレードの話をした。これはまた別の意味の教育だった。
当時のスクエアマイル(ロンドンの金融街)で、トレーダーは崇拝され、尊敬される存在だった。若き日のアンディー・プリストン(イギリスの政治家で勇敢な人物と呼ばれている)もレフコでトレーダーをしていた。この会社には、すでに数百万ポンドを稼いでいる人がいた。私は自分のトレードネームを、トップガンにあやかってマーベリックに決めた。なにしろ私は一九八〇年代育ちなのだ。
私は研修に合格し、資金提供を受けるプロのトレーダーになった。
滑り出しは上々だった。始めて何カ月かで、数時間で一万ポンド稼いだこともある。
この研修と経験がレフコにとってどれだけの価値があったかを示す数字がある。当時、資金提供トレーダー契約を自分から解約するための違約金の金額は二五万ポンドだった。つまり、レフコの契約から解放されるためには、まずその額を返済する必要があった(知り合いのトレーダーでこれを完済した人は一人しかいない。ちなみに、その彼とはのちにフロアで再会することになる)。
私は一年と少しトレードした。ただ、デスク使用料と生活費を支払うと、残った金額は費やした時間と労力にはとても見合わなかった。
こうしてプロのトレーダーになったが、望んでいたようなトレーダーの生活ではなかった。
私は利益を上げることはできた。勝ちトレードもできた。ここぞというときに大きく賭けることもできた。しかし、何かが足りなかった。そして、どうすれば次のレベルに行けるのかが分からなかった。
それでも私は幸運だった。ちなみに、トレードには運の要素があり、私の場合は自分でその運を引き寄せた。リスク管理部門のポジションを提示されたのだ。
これは、私のトレード人生において決定的な瞬間だった。
プロのトレーダーのリスクに対する姿勢は、個人トレーダーのそれとは違う。そして、プロのトレーダーのリスクに対する姿勢は、リスク管理部門のそれともまた違う。
プロの環境でトレードしていない人には、プロの世界で利益を上げるためにリスク管理がどう機能しているかはけっして分からないだろう。
私はこの仕事でトップトレーダーがどのように稼いでいるかを直接目にした。数十の口座で同時に行われるトレードを一年以上観察することは、プロのトレーダーであってもなかなか経験できない。
そして、ここで見たことが私のすべてを変えた。つまり、自分ができるかどうかは別として、トレードで大金を稼ぐために必要なのはサイズだと理解した。
トレーダーになると決めると、それに取りつかれてしまう人もいる。少なくとも私はそうだった。リスク部門で必要な知識を得た私は、自分が目にしたトレードをすることしか考えていなかった。
私はつてを頼ってシュナイダー・トレーディング・アソシエイツの面接を受けた。そして、初めてソニー・シュナイダーに会った。彼は当時、トレード業界の有名人で、個性的という言葉ではとても言い尽くせない人物だった。このときのことをそもそも面接と呼んでよいのかも分からないが、時間はせいぜい五分で、聞かれたのは単純な質問三つだけだった。好きなサッカーチームはどこか、好きな動物になれるならば何がよいか、手品は好きか、そして彼が手品を披露し、面接は終了した。
しかし、ここでまた展開が変わった。私はトレードするために面接を受けたのに、なぜかトレードフロア全体の運営を任されることになった。ソニーの弟がこの仕事を辞めることになっており、彼らは私のような人間を必要としていた。
この仕事には、ロンドンのトップトレーダーの接待も含まれていた。当時は、エミレーツ・スタジアム(アーセナルのホーム)のシーズンシートで、チャンピオンズリーグの試合を何度も観戦したし、ピーター・ストリングフェロー(有名なナイトクラブオーナー)にも、彼の新しいクラブでシャンパンナイトが開かれたときに会った。会社のお金で社交したい人にとっては夢の仕事かもしれない。このときの話は本が一冊書けるほどある。
そこで、また運を感じる出来事があった。レフコの契約を自力で解除した唯一の知り合いがシュナイダーにトレーダーとして入ってきた。彼も私のことを覚えていて、私を自分の新しいトレードチームに誘ってくれた。
私は主にドイツのDAX指数をトレードし、彼はユーロストックス指数をトレードしていた。私はこのとき初めて、リスクルーム以外でこれほどのサイズでトレードする人を見た。彼はドイツの長期債と中期債、ユーロストックスなどを数千枚ずつスキャルピングしていた。それはまるで野獣のようだった。
このとき、私は短時間で大きなポジションを建てるアベレージングトレードのテクニックと、痛みを受け入れることを学んだ。
私は一貫してかなりのサイズでトレードし、利益を上げていった。
だが、願いが叶っても幸せになるとは限らない。フロアでのトレードには欠点もあった。フロアやシティでの生活はあまりに騒がしく、注意をそらすものが多すぎて、私にとって魅力的なところではなくなっていった。フロアのなかでも外でも、周りにはトレーダーしかいない。私は、自分がしたことや、自分の力でこれからできることについて考える必要があった。そして、自宅でトレードすることを決意した。
最初は自己資金でトレードしていたが、少ししてある個人向け証券会社と組むことになり、トレードのかたわら彼らの教育プログラムを担当するようになった。私は彼らのチーフマーケットストラテジストとして一〇年以上務めた。今の私は、個人トレードの世界でトレードするプロのトレーダーと言える。
私のトレーダーとしての歩みは続き、みんなと同じように良いときも悪いときもあった。しかし、サイズとスピードを上げるという目的を持ち続け、それをしっかり達成した。
私のトレードに関するアイデアや考えは二〇一五年に発表した『ザ・ラフ・ガイド・トゥ・トレーディング(The Ruff Guide to trading)』に書いた。ただ、そのあと私の人生にも市場にもたくさんの変化があった。
私は前著を書いたすぐあとの二〇一七年にニュージーランドに移住し、自らをプロの個人トレーダーと定義している。何年もかけて自分のトレードスタイルである三種類のトレードと二つの仕掛け方に磨きをかけた。これらはすべて、時間とサイズの理解に基づいている。私は今でも個人向けの証券会社を使っており、そのことについては本書後半で書く。この間に、私はデイトレードで米ドルで六桁に近い利益を上げたこともある。もちろん、毎日、毎週、毎月このようなことができるわけではないが、二〜三時間で五桁や、数分で四桁の利益を上げられれば、毎日トレードする必要もない。それが、プロのトレーダーやプロの個人トレーダーの考え方である。
序文
最初に、あえて厳しいことを言う。あなたはおそらくフロアで働くプロのトレーダーにはなれない。
しかし、それが悪いわけではない。みんなが市場でトレードして稼ぐ必要はない。
私は、プロのトレーダーになるために多くの時間と労力と費用をかけた教育を受けた。ここではトレードと市場に関する理論を重点的にたたき込まれたが、そのあとの準備はほとんどなかった。
利益を上げることや、大きなサイズでトレードして利益を得ることについては、ほとんどが実際に毎日トレードで勝ったり負けたりするなかで学んだ。また、自分が市場で物理的に何ができるのか、金銭的に何が達成できるのかも、トレードを通じてじかに学んだ。そして、これは自分自身と、自分に合う方法でトレードする能力について理解する過程でもあった。
私がプロとして行っていた大きなサイズとアベレージングトレードは、個人トレードの環境でも極めてうまくいった。また、スケーリング(アベレージング)によって増し玉することで、個人トレーダーが常に直面している問題(スプレッド、スリッページ、約定スピード)を克服することができた。そして、さらなる運については後述する。
プロのトレードでも、プロの個人トレードでも、ある程度のレベルを維持することが求め られる。ただ、これはあなたが思うのとは少し意味が違うかもしれない。彼らが利益を上げていける理由は、彼らのバランス感覚にある。彼らは多くの日に利益を出し、負けたときも連敗はしない。また、サイズを増やすべきときに増やしてより大きな勝ちをつかむことができる。
「トレードならば一日で簡単に一〇〇〇ドル稼ぐことができる」などという話が横行している。そうなると、年間の取引日が二〇〇日として、簡単に年収二〇万ドルになる。しかし、現実はそう甘くない。
トレード自体はそう難しくない。しかし、人がそれを難しくしている。十分な資金があれば、利益を上げることはそれほど難しいことではない。しかし、稼いだお金をなくさないようにするのは非常に難しい。収入のためにトレードし、安定的に生活費を引き出せるようになることはすべてのトレーダーにとって難しいことだが、特に個人トレーダーにとってはそう言える。
トレードは、ほとんどを頭の中で行う。自分自身を理解し、自分の直感が信じられるレベルに達し、感情をコントロールできるようになり、市場が自分にどのような反応をさせるかが分かるようになれば、お金を稼げるトレーダーへの道はもう半ばをすぎたと言ってよい。
個人トレーダーと多く接してきたなかで、一つ明らかになったことがある。個人トレーダーはトレードに関する特定の知識を学ぶほど、良いトレーダーになれると信じている。なかにはそういう人もいるかもしれない。しかし、より良い個人トレーダーになることが、必ずしも実際に利益を上げられるようになることではない。
世の中にはトレード教育があふれている。しかし、それで効果が上がるならば、なぜ利益を上げられない個人トレーダーの数が減らないのだろうか。
私の経験では、うまくいっていない個人トレーダーはみんな同じことをしている。つまり、利益を上げている個人トレーダーはみんなとは違うことをしている。彼らのことを、私はプロの個人トレーダーと呼んでいる。
私はフロアで働いていたときよりも、プロの個人トレーダーになってからのほうが大きなトレードをはるかに多く行っている。これは、資金量やトレード環境とは関係がない。そこで、プロのトレーダーと個人トレーダーがそれぞれどのようなもので、ほとんどの人が失敗するなかでも、私のようなプロの個人トレーダーになるためのスイートスポットが存在する理由をこれから説明していく。
本書では、私がこの一〇年で大金を稼げるようになった道のりと、そのために必要なすべての知識を紹介していく。
著者紹介
スティーブ・ラフリー(Steve Ruffley)
金融業界で25年近い経験があり、数千回ものウェビナーやライブトレードのイベントでトレードを教えている。個人トレーダーに関する知見が豊富で、2015年には『ザ・ラフ・ガイド・トゥ・トレーディング(The Ruff Guide to Trading)』を刊行している。














